本書は冒頭から、「風俗の死」について語る。「私がゼミで風俗の研究をした翌年の二〇〇四年、東京都・警視庁・警察庁が一体となって進めた繁華街の浄化作戦により、無届けで営業していた都内の店舗型風俗店のほとんどが壊滅した。歌舞伎町、横浜黄金町、埼玉西川口など、有名な風俗街が次々に浄化されていった。浄化作戦後、多くの風俗店は看板を出さずにインターネット上で広告宣伝を行う無店舗型に移行し、表社会から見えにくくなった」。著者はこう続ける。「現代は、言うなれば『風俗が死んだ後の世界』である。店舗という『パンドラの箱』を開けてしまった結果、風俗は無店舗型という目に見えない『亡霊』になり、繁華街の路地裏から浮遊・離散して、社会の見えない谷間や隙間に潜り込み、溶け込んでいった。それと同時に、店舗という箱の内側に封じ込めていた様々な『災厄』=性を売り買いする当事者に降りかかるリスクやスティグマ、副作用や後遺症も、目に見えない形で一斉に解き放たれることになった」。
 現代の性にまつわるサービス、ガジェットは、少し詳細に探索すれば、百花繚乱の様相を呈している。性的嗜好、性癖などにあわせて極めて細分化され、多様化している。本書で紹介される、妊婦・母乳専門店、激安店、「デブ・ブス・ババア」を集めた「地雷専門店」、熟女専門店などは、その一端を垣間見させるのに充分だろう。しかし、そこで働くのは、生活のある生身の女性たちである。彼女たちの抱える困難・問題を通して、逆に私たちの社会の側の困難・問題が浮き彫りになる気がする。なぜなら、風俗店の待機部屋を利用して行われた、弁護士と社会福祉士による無料相談会「風テラス」で明らかになったことのひとつは、「相談内容の大半は、通常の法律相談や生活相談と変わらない」ということだったからだ。しかし、行政が行う福祉サービスのほとんどは、当事者が出向き、相談・契約することでしか受けることができない。著者の坂爪氏は、「風テラス」実施に際して、その方針をこう記している。「これまでの行政やNPOによる相談事業の多くは、担当者や専門家が相談所の椅子に座って相談者の来訪や電話を待つ、という受け身のスタイルが中心だった。しかし自発的に相談に来ない・来られない人が大半を占める風俗の世界に対しては、そうしたスタイルは全く無意味だ。そこで、ソーシャルワークの世界で『アウトリーチ』と呼ばれているスタイル=専門家が直接現場(店舗の待機部屋)を訪問し、その場で相談に応じる形にした」。
 性風俗の取り締まりの歴史は、規制・浄化とアングラ化の繰り返しの歴史だった。現実が厳しく取り締まられれば、電話やネットの世界に移行した。性風俗の取り締まりを要求するのは「見たくないものを視界から消してくれ」という「善良な市民」の声なのかもしれない。しかしその結果、無店舗化・デリヘル化が進行し、働く女性たちのリスクは上昇した。
 二〇一五年一月二〇日、警視庁保安課らは、国内最大級のデリヘル「サンキューグループ」の代表者や従業員ら合計二一人を、売春防止法違反(周旋)容疑で逮捕した。三〇分三九〇〇円をウリにする激安店で、また、わずかな追加料金で生本番を行わせていた形跡があった。そこで働いていたある女性は、在籍中、二回妊娠して、二回共自己負担で中絶したという。職場を失うのが怖くて、店側に中絶費用を請求できなかった、という。しかし、彼女は自身が抱える困難から、そこにしか居場所がない、と思い、辞めなかった。「本番したでしょ?」との警察の取り調べにも、オーナーをかばって、決して「はい」とは言わなかったそうだ。
 そうした現実を不可視化して、見かけだけクリーンにして安堵している社会こそ死んでいる。

  (参照)
〇風俗は死んだ、俺たちが殺した  坂爪真吾『性風俗のいびつな現場』を読んで考えたこと:http://togetter.com/li/944892



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