評論家、翻訳家であり小説家の小鷹信光氏が亡くなった。ダシール・ハメット『マルタの鷹』の翻訳者としても有名だが、自分より年少の研究者による『マルタの鷹』の詳細な解説を知り、教えを乞い、改訳を出版したというエピソードをテレビで見たときは、何か「翻訳者の使命」とでもいったものを感じた。
 小鷹氏と言えば、やはりドラマ『探偵物語』の原案者としての印象が強い。私立探偵、工藤俊作を演じる松田優作のインパクトが強烈な作品だった。小鷹氏の名前が印象に残っているのも、劇中で「日本のハードボイルドの夜明けはいつ来るんですか、小鷹信光さん」と松田がアドリブを飛ばしたからだ。
 松田優作の演じた工藤俊作という人物は、ハードボイルドでニヒルな探偵像とは真逆に見える。口数は多く、ユーモラスな面があり、周囲にひとが集まり、慕われている。モデルや女優の卵、女弁護士、街のチンピラ、様々な情報をもたらしてくれる仲間たち。工藤を目の敵にしている刑事でさえ、どこか彼に親しみを感じているようでもある。これは、ドラマ『相棒』の亀山薫と伊丹刑事の関係に似ている。
 設定では、工藤はサンフランシスコで刑事をしていたが、ある事件で仲間が殺され、以来、仲間を作るのを恐れるようになり、日本に戻って来たということになっている。しかし、皮肉なことに、日本でも仲間を作り、最終回で彼らが殺害され、復讐に乗り出すことになる。
 さながら、工藤を中心にして、都市の中でささやかなコミューンが形成されたようだ。その中には、社会から爪弾きにされた者も含まれ、そんなひとびとにとっては、「工藤コミューン」は大切な居場所なのだ。最終回で、殺された「イレズミ者」という愛称があるチンピラの追悼に、仲間たちが葬列をなして街を歩く。
 工藤にとって、探偵は職業であるというより、彼の生き方の選択なのだろう。都市に生きる様々なひとびとが依頼者としてやって来て、彼に悩みや問題を打ち明け、何らかの依頼をする。調査が終了すれば、金を払って去っていく。そうしたひとびとの人生の通過点であろうとした。しかし、彼の抱えた過去の「影」によって漂う孤独が、ある種、ひとびとを惹きつけてしまう。工藤探偵事務所は、都市のアジールなのだ。
 『探偵物語』中で、最も印象に残っていて好きなのは、工藤の「人間ってのはさ、冗談なんだか本気なんだかわかんない、ギリギリのところで生きてるんじゃないかしら」というセリフだ。これに続けて、服部刑事が「工藤ちゃん、哲学者だねぇ~」と茶々を入れる。そんな空気がいい。



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