『最期まで自分らしく』
平穏死のすすめ、という本の著者で、特別養護老人ホーム「芦花ホーム」の常勤医、石飛幸三先生の講演を聞いてきました。
石飛先生の講演は2回目。
前回は70代だった石飛先生。
84歳になられていました。
石飛先生の力強い言葉に、何度も頷きました。
医療の在り方を語っておられました。
老いは疾患ではない。
老化を病態として治療しても、元には戻せない。
8割りの人は病院で最後を迎えている。
老いてきているのは本人が一番分かっている。
「誰の人生ですか?」
死を受容し、今、生かされている事に感謝し最期まで生ききる。
食べれる時に食べられる物を。僅かしか食べなくても生きる。
かつては60万人の人が胃ろうを付けていた。
「いつまでも元気で」←誰の為?
何も医療しないのも愛情。
食べないから死ぬのではない。死ぬのだから食べないのだ。
身体中の余計な物を汗や尿で出して出して、身を軽くしてあの世へ旅立つ。
リスクは少なく出来るが、ゼロにはならない。
支えられる人だけの満足じゃなく、支える側の満足も大切。
耳は最期まで聞こえる。
その人の為になるのが医療。
求められる国民の意識改革。
お医者様崇拝。病院大国日本。
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時代遅れ
限りがあるから生きてる今を大切にする。
家族の中でも話題にすることを日頃からする。
生きる事は苦しい。しかし最期は楽に逝ける。
逆境は人を強くする。
逝くこと、見送ることを人生の最重要課題として考える。
今、求められる医療と介護の一体化。
平穏死とは、人間の情念、心の迷い、哲学、宗教、介護の在り方 である。
聞きに来て良かった!
勉強は大事です。
私がグッと来る方のお話は全員同じ事を言う。
『誰の人生?誰の為?』
本人が、そうしたいと言ったらそうしたいんです。
人生の終点に着いてる人のワガママくらい聞いてあげてほしい。
いやあ、良い講演でした。