生き方のジャジは必要か?
久しぶりに一日接客のお仕事をしてきました。
普段は在宅でほとんどリアルで人と絡まないので、とても新鮮で楽しかったですね。
やっぱりいろんな生き方があるという事を知ると、自分の人生の濃度が良い意味で薄まります。
何が良いとか、何が間違っているとかはなく、その人はその人の人生を生きている、それだけで素晴らしいことですよね。
それは自分も然り、といつも思います。
無職だった私が、社会復帰した場所は総合病院の受付でした。
そこで多くの人の人生を知ることで、私は色々なことを考えることになります。
エリート街道を歩んできた人がメンタルを崩した人、風俗が辞められず定期的に性病にかかり常連になっている青年、ジェンダー的なことでホルモン注射を受けに来ている人、それこそ大手企業の休業手当で悠々自適(?)に生きている人‥何一つ同じ人生はなく、何が正解なのかもわからない世界の中で皆さん生きている。
私はそんな人たちと関わり、夫が若くして亡くなっているという、言葉にはしがたい違和感を抱えました。
でも、ある時私は「正しい生き方」を探しているから、違和感を覚えるのだと思いました。
すべての方の生き方をジャッジせずに受け止めてみたところから、少しずつ感覚が変わります。
色々な人生があっていい、答えなんてない
夫の人生が正解かどうかは分からないけれど、そこと自分の人生を切り分ける事も必要。
色々な方の人生を知ることで、自分はこんな人生がよさそうだとか、より良い自分の人生にするための「参考」にさせてもらいました。
夫の人生にフォーカスを当て過ぎていたところから、自分にフォーカスを当たる事にシフトできたのです。
人と絡むことがすこぶる嫌いだった私ですが、むしろ楽しくなるきっかけになりました。
だって、自分の人生の不幸濃度が薄まり、自分の求める人生が見つかっていくのですから。
昨日は、それをなんとなく思い出すような時間でした。
偉人の人生だけでなく、身近な人の人生もゆっくりと聴くなんて事をしてみて下さい。
何か気づきが必ずあるはずです。
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