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2016年F1と私と…

F1にまつわることを日々の生活に関連付けてゆらりと綴ります。

父はヨス・フェルスタッペン、元F1ドライバー。母はカートレーサーのソフィー・マリー・クンペン。また、母方の祖父はGT耐久レースの元ドライバーで叔父もGTレースやル・マン24時間レースに出場したレーシングドライバーという、レーシングドライバー一家。
お父さんがレーサーでお母さんもレーサー。両親ともレーサーなんて、すごすぎる。
2014年の夏、トロ・ロッソからのF1デビュー。この年はまだ、普通自動車免許は持っていなかった。2015年1月頃には、コレを取得している17歳のフェルスタッペン。

2016年の改定から、今後、F1ドライバーになるには18歳以上であること、一般道を運転できる普通自動車免許を保有していることが条件となる。

マックス・フェルスタッペンは「僕は素早く学習するタイプだから勉強したのは7時間くらいかな」と話している。す、凄い!!の一言である。

私の話をすると、普通自動車免許を取得したのは、確か23の頃。
あの頃は、車に乗って車を改めて触ったのも興味を持ったのも、なにもかも初めてだった。
当時、なにに対しても自分に自信がなかった私に、母親が「自動車の免許を取るだけでも、ひとつやりきったことで、自分の自信に繋がるから」と言ってくれたので挑戦する気になった。約、11ヶ月かけて苦労して取得した普通自動車AT運転免許だった。涙も怒りも笑いもあった。
11ヶ月もかかって取ったの~(笑)なんて。笑わないでね

辛口で知られるジャック・ヴィルヌーヴは「F1が18歳という年齢制限を定めたが、それでも十分ではない」と。「現代のF1マシンがあまりにも容易にドライブできるようになったことが一番の問題だ」と述べている。
この時代、この時期に…マックス・フェルスタッペンはラッキーだね
マックス・フェルスタッペン、がんばれ



こんにちは!!
F1のことについてまだまだな私。

デグラデーションとはなんぞや?
とTVの解説を聞いてて、はてな???だった私。

調べました。

簡単に言うと、タイヤのタレのこと。
知ってる人、初歩的なことでごめんなさい。 知ってるよー なんて…。
知らなかった人、勉強になったでしょー。私も今まで、知らなかった。
ただ単に、F1のクルマが走っていることだけに、毎回手を取られる私。

サーキットによりタイヤのタレは違い、ドライバーによっても違いがあるという。フランスGP、イギリスGPなどはこの、デグラデーションが大きく、モナコGP、オーストラリアGPなどはデグラデーションが小さい。今年は、全戦で19戦。フランスGPがないのでその分タイヤが温存されるね。

セバスチャン・ベッテルなんかは、デグラデーションが小さいのだと思う。
サーキットを知り尽くしたチャンピオングループはこの中に入るだろう。

クルマのハンドルの手さばき。
クルマを乗りこなしていくうちにつく技術。
カートを小っちゃいころから乗り回して身に付くこと。
生まれ持った本能。
物の好きこそ上手あれ。・・・たれ?
うん。なんかそんなの。

料理でも、趣味でもなんでもそうだけど、「好き」ということが、その人の価値になる。

私も素敵なF1ファンになれる日を夢見て。
夢見てばっかりじゃだめだーめ
わたしは、ゆっくりしっかりと成長する菩提樹になる。

今日もひとつ勉強になったゾ

覚えてて・・・

今年の第1戦オーストラリアGPはデグラデーションが小さかったこと。
今年の第6戦モナコGPはデグラデーションが小さいこと。
今年の第9戦イギリスGPはデグラデーションが大きいこと。

これだけじゃよくわかんないかも知れないけど何かの目印にはなるってこと。

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F1開幕しましたね~!
開幕してこのブログは、約2週間遅れでお送りしています。

今年のF1は、マクラーレンホンダが参戦するということで、日本の自動車メーカー、HONDA車グループの歴史にも興味を持ちます。
もう、終ってしまいましたが、2015年3月4日(水)~15日(日)まで、「THE F1展 華麗なるフォーミュラー・ワンの世界」と題して、ホンダのF1の世界を堪能できる展示会が開催されました。
展示会といっても、ただ、見るだけではなく、三つの視点から構成されていて、~西武池袋本店~では、F1を「学ぶ」、~西武渋谷店~では、F1を「感じる」、~そごう横浜店~では、F1を、「遊ぶ」とテーマが分かれて開催。
一番印象に残ったのは、ブラジルの貴公子、F1ドライバーのアイルトン・セナに関することが、多数だったということ。三店舗すべてにセナに関する資料がありました。
ホンダがF1に初参戦した時代、苦労の時代、黄金時代…、ホンダに関することは全部!!という感じでした。写真を撮る回数が半端なく、どれがどの写真か見分けるのに苦労しましたw。
私の一押しは、西武渋谷店の「感じる」でした。
部屋の広さはそんなではなかったのですが、その割には、アイルトン・セナのことが盛りだくさんだなぁ…、と。きっと”感じる”ことができたので、そう感じたのだと思います。感動しました!!まさに『感じる』でした!

私はここで、アイルトン・セナを感じました。

F1にホンダ参戦の機会にF1、アイルトン・セナ、HONDAについてチョチョっっと調べてみてはいかがですか?

キーワード、いいますね!!ランダムではありますが…

「F1 1950年 イギリスGP」、「1991年 MP4/6 V12エンジン」、「1988年 MP4/4」、「1987年 99T」、「2001年 EJ11」、「1991年 020」、「1983年 201C」、「1964年 RA271」、「1987年 FW11B」、「2006年 RA106」、「2005年 007」、「2007年 SA07」、「中嶋悟」、「ゲルハルト・ベルガ―」、「アラン・プロスト」、「ナイジェル・マンセル」「ルーベンス・バリチェロ 2007年」、「ジェンソン・バトン 2008年」、「佐藤琢磨 2005年」、「鈴木亜久里」、「RA272」、「1967年 イタリアGP ジョン・サーティース」、「1965年 メキシコGP リッチ・ギンサー」、「本田宗一郎」、「1967年 RA300」、「1988年 マクラーレン・ホンダ」「1987年 アイルトン・セナ」、「ホンダエンジン第1期」、「ホンダエンジン第2期前半ターボエンジン」、「ホンダエンジン第2期後半 自然吸気エンジン」、「ホンダエンジン 第3期」、「MP4-30」、「パワーユニット ホンダ RA615H」、「ネルソン・ピケ」、「3リッターエンジンRA273」、「最強のホンダエンジン RA168E」、「ミハエル・シューマッハ」、「リカルド・パトレーゼ」、「ホンダ 1964年 F1」、「ベネトン・フォード」、「ウィリアムズ・ルノー」、「フェラーリ」、「マクラーレン・ホンダ」、「ミハエル・シューマッハ」、「初のスポーツカーS500」、「DOHC4気筒エンジン」、「S360」、「イギリス製F1マシン 1960年型クーパーT53クライマックス」、「マン島TTレース」

です!!
ユーチューブや、画像検索でたくさんのことが紹介されていると思います。



マクラーレン・ホンダは、世界チャンピオン8回、グランプリ優勝44回、ポールポジション獲得53回、コースラップレコード30回という成績を持っています。

そして…

マクラーレン・ホンダは、モータースポーツの最高峰F1を舞台に、世界最速の座をかけて戦うHONDAの〈CREATION//創造〉〈CHALLENGE//挑戦〉〈INNOVATION//革新〉の軌跡を感じていただけます。

とのことです

マクラーレン・ホンダ、頑張って欲しいですねっ
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小林可夢偉歴代ヘルメット展示会行ってきた。朝、9時半に出発しようと思ったが、起きれず。ショック!
結局、おじいちゃんと一緒にお昼ご飯を作り、食べてからお昼の12時に出発した。家から代官山までは、歩きと電車を使い、約1時間半くらいかかりました。

小林可夢偉ヘルメット展示会。これが、看板です‼︎
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展示場は、こじんまりとした感じで、1LDKアパートの一室くらいの広さでした。私の予想では、ヘルメットがひとつひとつ置かれて、これはいつの。これはいつの。と説明書きがある様な感じで並んでいるのかと思ってました。
しかし、予想は外れました。
こんな感じでした。
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ほんとにヘルメット展示会でした。
他にも、レーシングスーツの販売や、ツールボックスの販売、工具なんかも展示されていました。
あとは、こんなのも売ってた。これです。
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あと、同じメーカーのものの時計です。
これです。
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他にも、旅行カバンや、車用品のカタログなど、ありました。

展示場では、ワインや、チーズが振る舞われて、まゆぽんもワインを飲み、チーズも、2種類頂きました。
可夢偉選手のお友達もいて、一緒に写真を撮ってもらったりなんかしたりなんかもして、まゆぽんは大暴れして来ました。(笑)

家を出る時に、まゆぽんのおじいちゃんに、「代官山に行ってくる」と伝えると、おじいちゃんは気前良く、一言。「1000円あげるから、何か良いものがあったら買って来なよ」と。
嬉しかった~ニコニコ

代官山駅を出た所に"ボディケアショップ"があって、私の欲しいものが沢山売っていたので何か買おうと思ったけど、F1のもので何か欲しいな。というものがなかったら買おうと思ったので、その1000円はT-SITEまでいったん一緒に行くことになりました。キーホルダーがあったら欲しいなと前から気になっていたので、ヘルメットのキーホルダーなんかあったらいいなぁ。なんて思って行ったが、なかった。でも、展示場にはF1シュミレーターがあり、鈴鹿サーキットのコース3周1プレイ1000円‼︎これはっ。と思ったまゆぽんは、乗りたいな~と思いました。でも、乗りたいと言うのが恥ずかしくて見ていました。(笑)帰ろうか帰らまいかして、店内をなめまわしていると、女性のスタッフさんが、話しかけてきて、体験してみませんか?と聞いてくれました‼︎やった~‼︎ラブラブ音譜

乗りました。

感想は、曲がるところが難しい。ということです。まぁ、車の運転は大体そうですけどね(笑)

フォーミュラGPというジュニアのレースに出場している、小高一斗(こたかかずと)くんという15才のボーイが、まゆぽんのレーシングスタイルを"良い時は"褒めてくれましたべーっだ!
3周した中で少なくともまゆぽんは、6回、多くて10回は曲るところでスピンしてしまいました。(苦笑)
でも、初めて体験しました。
楽しかった。深みのある3周でした~‼︎

おじいちゃんの1000円大切に使いましたラブラブ
おじいちゃんありがと~うにひひ

25日だけの開催だったので遠方のかたがたは来れなかった人もいたはず。

小林可夢偉選手のことも少しだけど、勉強になりました。

代官山T-SITEでは、過去にF1などのトークショーなんかもあったみたいで、またもう少ししたらなんかあるんじゃないかな。
その時は、また、喜んで出掛けたいと思います。

夜遅く、眠れなかったのでブログ更新しました~。
まゆぽんより。

ではでは~キスマーク
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開催日2014年11月21日~11月23日。
コース名:ヤス・マリーナ・サーキット、初開催:2009年、6年連続6回目、アブダビGPは、アブダビ市街地から30㎞程離れたヤス島のマリーナに面し、リゾート施設として一体化したホテルの下をくぐる近代サーキットはティルケデザイン。
当初は追い抜きが難しいサーキットだったが、今では長いバックストレートエンドでDRS を使ったオーバーテイク が見られる。

レース結果

1位 ルイス・ハミルトン メルセデス
2位 フェリペ・マッサ ウィリアムズ
3位 ヴァルテリ・ボッタス ウィリアムズ     表彰台

4位 ダニエル・リカルド レッドブル
5位 ジェンソン・バトン マクラーレン
6位 ニコ・ヒュルケンベルグ フォースインディア
7位 セルジオ・ペレス フォースインディア
8位 セバスチャン・ベッテル レッドブル
9位 フェルナンド・アロンソ フェラーリ
10位 キミ・ライコネン フェラーリ

メルセデスAMGの2人のドライバーがタイトルを懸けて、17点差で臨んだ最終戦、アブダビGP。最終戦にダブルポイントシステムが導入されていた。
ルイス・ハミルトン334点。対する、ニコ・ロズベルグ317点。17点差。

ニコ・ロズベルグはブラジルGPで引き寄せた流れをつかみ続けていたかに思えたが、その流れはレーススタートで 2014年シーズン、最高の スタートを決めたルイス・ハミルトン へ渡ってしまう。
ハミルトンがロズベルグを抜き去り、トップに立つ。
レース前、メルセデスAMGは2人に公平なレースをやってもらうよう、このレースでも他と同様、ピットストップの優先権は先行しているドライバーに与えられることを確認していた。
つまり、2番手を走るロズベルグがトップを走るハミルトンを逆転するには、ハミルトンがピットインして前が空いたときに自己ベストを連発し、差を詰めるしかなかったのである。
ところがロズベルグのマシンにトラブルが発生してしまう。
結果、トップでゴールした ハミルトンが、2008年以来となる6年ぶり2度目のチャンピオン になった。

ですので、
 2014年Fomula1世界選手権のウィナー は、

 メルセデスAMGチームのルイス・ハミルトン です。

ルイス・ハミルトンおめでとう

ニコ・ロズベルグは最終戦のレース後、わざわざルイスのところに来て、‘おめでとう‘と言ってくれた。そのことに、僕は本当に感謝している。そうしたことができる彼の人間としての大きさを、すごいと思う。

最終戦で、ロズベルグにERSトラブルが出たとき、ハミルトンのクルマも同じトラブルに見舞われるのではと覚悟しましたか?との質問にハミルトンは。

ストレートを走っているときは、何度もコクピットに触れながら‘ガンバレ、最後までやるしかない。一緒にやり遂げよう‘とクルマに話しかけていた。と語った。

フェリペ・マッサに向かって、そうしたことないかい?と質問。
マッサ「ああ、あるよ」
ハミルトン「ね、コクピットを撫でるものなんだ。‘たのむ、頑張ってくれ‘と」

ニキ・ラウダはルイス・ハミルトンがマクラーレンからメルセデスに移籍する際、最後の押しをしたという。ニキ・ラウダも満足げだ


ドライバーズチャンピオンは
1位 ルイス・ハミルトン
2位 ニコ・ロズベルグ
3位 ダニエル・リカルド

コンストラクターズのチャンピオンは
1位 メルセデスAMGペトロナス
2位 レッドブル・レーシング
3位 ウィリアムズ・マルティーニ・レーシング
スクーデリア・フェラーリはおしくも4位でした。

フェラーリは「F1の顔」だと私は思うのです。


2015年シーズン以降も2014年シーズンのような結果を出すためには、進化し続ける必要がある。そして僕らは、それを成し遂げられると信じている。byルイス・ハミルトン メルセデスAMGペトロナス

そして、日本で唯一のF1ドライバー、小林可夢偉選手も頑張りました。可夢偉選手に関しては、点数がああだ、こうだ。というよりも、同じ日本人として、可夢偉選手に対しても、私たち日本人に対しても、深い誇りを持ちたい。そう思う次第であります
残念。と思うよりも、F1の世界でこうして、戦えたということが、誇りなのです。
可夢偉選手の今後の活動が気になるところです。

いよいよ、2015年。2015年は、日本の車会社、ホンダから、エンジン提供がある。
ホンダがF1に参戦して、いったいどうなってしまうのでしょうか。
だれか、おしえてー

まゆぽんにはまだまだ分からないことだらけです。


 

最後に、まゆぽんの歳のぶんだけ今年の干支、ヒツジをスタンプしました。
数えないでね。(笑)

開催日:2014年11月7日~11月9日。

コース名:アウトドローモ・ホセ・カルロス・パーチェ。初開催:1973年、25年連続32回目。ブラジルGP。

1990年からリオデジャネイロに代わりブラジルGPを開催するインテルラゴスは、ブラジルの英雄アイルトン・セナの地元サンパウロの郊外に位置する。かつては治安の悪さが問題となっていたが、景気回復とともにここ数年はやや改善が見られる。南半球は春から夏に変わる季節であり、レース週末のうち少なくとも1日は豪雨に見舞われるというのが定説になっている。



レース結果


1位 ニコ・ロズベルグ メルセデス

2位 ルイス・ハミルトン メルセデス

3位 フェリペ・マッサ ウィリアムズ      表彰台


4位 ジェンソン・バトン マクラレーン

5位 セバスチャン・ベッテル レッドブル

6位 フェルナンド・アロンソ フェラーリ

7位 キミ・ライコネン フェラーリ

8位 ニコ・ヒュルケンベルグ フォースインディア

9位 ケビン・マグヌッセン マクラーレン

10位 バルテリ・ボッタス ウィリアムズ



ニコ・ロズベルグ

3日間を通してとてもリラックスしていた。僕はオースティンを教訓にしなければならなかった。大きな失望だったけど、それができたと思う。ペースのコントロールが前よりもうまくできたし、ルイス・ハミルトンを近づけすぎなかった。彼は本当に良い走りをしていたし、常に僕をプッシュしてきた。ルイス・ハミルトンがスピンして少しだけ余裕ができたし、それでスティント終盤のためにタイヤを少しセーブできた。完璧だった。


ルイス・ハミルトン

ミスしてしまったときは誰でも落ち込むものだ。今日の僕はそれをやってしまった。諦めずにプッシュを続けたし、遅れを取り戻すことができた。それが何よりも重要だった。ニコ・ロズベルグはミスをせずにうまく守り、とてもよいレースをした。クルマはとにかく素晴らしい。今まで走った中でベストだ。次も今日のような良いレースがしたい。


フェリペ・マッサ

自分のホームレースで表彰台フィニッシュを果たせたことは、素晴らしい結果だ。クルマに強くて一貫したペースがあったおかげで、2回目のピットストップで問題があったにもかかわらず、3位に留まれたと思っている。アグレッシブな良い戦略と本当に素晴らしいクルマがあったおかげだ。



にひひブラジルGPが終わってもう1ヶ月近くになりますが・・・

メルセデスの勢いが凄い!!表彰台に上るチームと言ったらメルセデス、レッドブル、ウィリアムズ・・・そして、フェラーリ。というところでしょうか。私の記憶の中でメルセデスに通用する次のマシンは・・・ウィリアムズとレッドブルですね。残念ながらフェラーリは来年に期待するしかないでしょう。来年がダメなら、再来年に期待し続けます。と思いますが、いかがでしょう?フェラーリはF1の顔。必要不可欠な存在です。頑張ってほしいです。


ブラジルといえばセナ。アイルトン・セナが英雄ですね。このブログを見ているひとは、セナのことをどのくらい知っているのでしょうか。私はセナのことは顔と名前と頑張り屋さんだ!!ということくらいかな~。そのくらいは一般的に知られていると思います。セナがいま生きていたらどんな人になっていたのですかね。

開催日:10月31日~11月2日。

コース名:サーキット・オブ・ジ・アメリカズ、初開催:2012年3年連続3回目。アメリカGPは、テキサス州オースティンに建設されたサーキット。やはりティルケ設計シルバーストーンやイスタンブールなどの名所を組み合わせたレイアウト。アップダウンが大きく最大高低差が41mとダイナミックで、ドライバーたちからの評価も上々だ。


第13戦イタリアGPからメルセデスのルイス・ハミルトンの4連勝で迎えた第17戦アメリカGP。

今回のアメリカGPでもポールポジションは、ニコ・ロズベルグが獲得。これは、ルイス・ハミルトンがタイムアタック中にブレーキをロックさせるミスをおかしたことも影響していた。だがレースになると、ハミルトンは予選で抱えていたブレーキングの問題を克服。逆にトップを走行していたロズベルグは、「ソフトからミディアムにタイヤ交換してからアンダーステア気味になった______」そして、ペースを失っていった。

迎えた24周目、ハミルトンはDRSを利用して、難なくロズベルグをオーバーテイク。トップに立ち、そのまま逃げ切り優勝!!

予選だけでなく、レースでも強さを発揮している点が、初チャンピオンとなった2008年から大きく成長していると言えるのではないだろうか。



レース結果


1位 ルイス・ハミルトン メルセデスAMG

2位 ニコ・ロズベルグ メルセデスAMG

3位 ダニエル・リカルド レッドブル      表彰台


4位 フェリペ・マッサ ウィリアムズ

5位 ヴァルテリ・ボッタス ウィリアムズ

6位 フェルナンド・アロンソ フェラーリ

7位 セバスチャン・ベッテル レッドブル

8位 ケビン・マグヌッセン マクラーレン

9位 パストール・マルドナド ロータス

10位 ジャン-エリック・ベルニュ トロロッソ






F1用語説明

ティルケ設計:ヘルマン・ティルケという人が設計したサーキットのこと。


アンダーステア(アンダーステアリング):一定のハンドル角で大きく旋回していると、速度が上昇するに従って、クルマが外側に膨らんでいってしまうステアリング特性をアンダーステアリングという。これは、前輪の横滑りによるもの。

開催日:10月10日~12日。

コース名:ソチ・オリンピックパーク・サーキット初開催:2014年初開催、ロシアGPはその名のとおり今年2月に行われたばかりのソチ冬季五輪のメイン会場の各種競技場を巡るアクセス道路を使用する平公道サーキット。


サーキット、記念すべき初のウィーナーに輝いたのは、メルセデスのルイス・ハミルトン!ポールポジションからスタートしたルイス・ハミルトンは、危なげないレース展開で4連勝を達成。チャンピオンシップのリードを広げた。2位にニコ・ロズベルグが続き、メルセデスが1-2フィニッシュを達成。


3戦を残して、コンストラクターズタイトルを達成させた!レッドブルのセバスチャン・ベッテル、ダニエル・リカルドなども口々に、おめでとう!!と称賛していた。



ザウバーのエイドリアン・スーティルは、スタート時に装着したソフトタイヤで40周を走行した。このことからも、ソチにおける磨耗とデグラデーションのレベルが非常に低いことが示された。

ソチの新設トラックでの磨耗とデグラデーションのレベルは非常に低く、大半のドライバーが1ストップ戦略を活用した。ここ、ロシアでのグランプリは、非常に良くオーガナイズされ、我々、ピレリはこの素晴らしい開催地で熱烈な歓迎を受けました。とピレリ。



レース結果


1位 ルイス・ハミルトン メルセデスAMG

2位 ニコ・ロズベルグ メルセデスAMG

3位 バルテリ・ボッタス ウィリアムズ      表彰台


4位 ジェンソン・バトン マクラーレン

5位 ケビン・マグヌッセン マクラーレン

6位 フェルナンド・アロンソ フェラーリ

7位 ダニエル・リカルド レッドブル

8位 セバスチャン・ベッテル レッドブル

9位 キミ・ライコネン フェラーリ

10位 セルジオ・ペレス フォースインディア


小林可夢偉 ケータハム リタイア


ケータハム、小林可夢偉のリタイアは、ケータハムのパーツが不足するため、それをセーブするためのリタイアだった。パーツがあれば可夢偉はレースに挑めていたと思うと残念。でも、これもレースだ。


新しいサーキットでのレース、説くと観せていただきました。

初開催の地。楽しみにしていた方もいたのでは?


次は、アメリカGP!!

開催日:2014年10月3日~5日。

コース名:鈴鹿サーキット(初開催:1987年、6年連続26回目)日本GPはどのドライバーも絶賛するカレンダー屈指のドライバーズサーキットであり、F1マシンの空力性能・運動性能がフルに発揮できるレイアウト。ランオフエリアが狭く、ミスを許さない厳しさも合わせ持つ。路面のグリップレベルは高く、ドライバーだけでなくマシン性能も試される。DRSを使ってのメインストレートが最大のチャンス。鈴鹿はセッティングが非常に難しいサーキットである。


レースシーン

今年の日本GPは、台風18号の接近によって強くなり出した雨がレースに強い影響を及ぼした。

予定通り、PM3:00にスタートした日本GPの決勝レース。フォーメーションラップ直後に雨脚が強まったため、レースはセーフティーカー先導でのスタートとなる。状況は悪化の一途をたどったため、2周目に赤旗。雨脚が弱まるのを待って、レースはPM3:25に再びセーフティーカー先導で3周目から再開。その直後に5番手のアロンソがマシントラブルに見舞われてセーフティーカーランが続いた。そして、9周目の終わりにセーフティーカーが解除。

路面状況は周を重ねるごとに改善。ドライバーたちは次々にピットイン、ウエットタイヤからインターミディエイトにタイヤを交換。25周目からはDRSの使用が許可となり、激しいバトルが展開。

その後、雨脚が再び強くなりだした。

42周目にザウバーのエイドリアン・スーティルがコースアウトしてクラッシュ。その翌周、同じ場所でマルシャのジュール・ビアンキがコースアウト、重大な事故が起きた。スーティルマシンを撤去していたクレーン車に衝突してしまったのだ。FIAは、セーフティーカーを導入し、ドクターカーを走らせた。


レースは46周目に赤旗を出して、レースを終了させた。そのためレースは44周目の順位で決まった。


ポールポジションから、ルイス・ハミルトンを制してトップを守っていたニコ・ロズベルグから29周目、ハミルトンがオーバーテイクをしてトップへ_____。

レース結果


1位 ルイス・ハミルトン メルセデスAMG

2位 ニコ・ロズベルグ メルセデスAMG

3位 セバスチャン・ベッテル レッドブル      表彰台


4位 ダニエル・リカルド レッドブル

5位 ジェンソン・バトン マクラレーン

6位 ヴァルテリ・ボッタス ウィリアムズ

7位 フェリペ・マッサ ウィリアムズ

8位 ニコ・ヒュルケンベルグ フォースインディア

9位 ジャン-エリック・ベルニュ トロロッソ

10位 セルジオ・ペレス フォースインディア


小林可夢偉 ケータハムは19位フィニッシュ。



ドライバーたちはみんな、マルシャのジュール・ビアンキを心配している。

ここ、日本GPに台風18号が来てしまいこんな事故が起きて…。

私も、ビアンキの様態が軽いことを願っています。


「セーフティーカーについていくのがやっとだった」____。小林可夢偉も日本GP終了後、ビアンキに対して、本当に良くなることを願って、一刻も早く本当に日本のたぶん医療の人たちが一生懸命回復できるようにやってくれると思います。今は、本当に祈るしかないと思います。



2010年に日本GPで小林可夢偉が見せた意表を突くヘアピンでの追い抜きは人々に鮮烈な印象を与えた。