周りにいる先輩ママ達の話を聞いては、なんとなくイメージしていた。
本も読んだりした

もちろん、同じ出産体験なんてあり得ないのだから、それらを踏まえて自分はどう感じるのだろうと楽しみだった

いよいよ産む段になり、
いきんでる時は、
(一体あと何回いきめば出てくるんだろう?それがわかれば頑張れるけど…あと30回とかだったらどうしよう…
)
)とか考えていたら、
助産師さんが「あと1回で赤ちゃんに会えますよ!!がんばって!!」と言ってくれて、「え?あと1回でいいの?!」と俄然やる気に

そして、ついに去年の9月から楽しみにしていた対面の時が



感動で泣いたりするのかなぁと思っていたけれど、、
あれ?全然そんな感じじゃない…

“夫婦ともに手を取りむせび泣く”みたいな感じも想像していたけれど、意外と冷静で、
「こんな感じか」とまずは出産を一つの体験として受け止めた。
仕事柄、身体の使い方に興味があって、出産時はどんな風にどうしたらいいんだろうと興味津々。
助産師さんの指示に従いながら(力を入れる場所はこっちじゃなくて、こっちなのか!!)なぁんて思ったり、
助産師さんも、「今のです!」と励ましてくれたり。
苦しいし、力が入ると、
手はバーを握りしめ、顎が上がってしまうけれど、
「顎を引いて、こっちをみて下さい」と私の足元にいる助産師さんに促され、それがキツイかった。
そのように丸まって産む感じは、全く想像していなかったので、
次回があれば、次回の役に立てよう。。
そして、ついにこの世に出てきた我が子



助産師さんが抱き上げてくれている。
分娩台の上にいる私から、助産師さんが抱き上げている我が子までの距離は、
およそ2m~2.5mくらいだと思うけれど、現実味がなく、なぜか遥か宇宙の彼方から赤ちゃんが来たような不思議な感覚になった









「あぁ、この子は遥か彼方の宇宙から私たちのところにやって来てくれたんだなぁ」と何故か自然に思い、
「神様、ありがとう」
という言葉がずっと頭の中でループしていた。
その時は、我が子だわ
という感動は特になく、とにかくひたすら「神様、ありがとう」と心から湧き上がって来た

という感動は特になく、とにかくひたすら「神様、ありがとう」と心から湧き上がって来た
初めて感じる不思議な感覚だった

産後2時間はそのまま分娩台の上で過ごさねばならないので、その間、助産師さんが赤ちゃんのチェックをしたり、色々としてくれる。
健康に生まれてくれて、それだけで嬉しかった



私の足は、力を入れすぎた為、何もしてなくてもぶるぶる震えてしまうので、笑ってしまった

立ち会ってくれた夫に感謝し、夫は子供の写真をばちばち撮っていた

しばらくしたら、分娩室に母と姉と、たまたまうちの母と一緒にいたという、いとこのいとこ(我が家は親族仲が良い)が来てくれて、生まれたての子供と生みたての私を労ってくれた

その日の夜は、気分が高揚していて全然眠れなかった。
急に小さくなったお腹が感慨深い。
眠れないその日の夜は、思考が冴えて、今まで考えもしなかったようなこと、気づかなかったようなことに意識が向いて、とても面白かった。
じわじわと、産んだんだ~、という実感も湧き、
病院の天井をみながら、感動の涙が頬を伝ったりした



あんなに、感謝の気持ちが溢れてくることは今までになかった。
妊娠期間の10ヶ月、彼を守り育ててくれた自分の臓器にまで感謝せずにいられなかった…
それはまた次回








