シネマデイジーとは、映画の音声に副音声解説を付けた資料で、シーンレス向けに点字図書館などが製作してくださっているものです。ハリー・ポッター・シリーズからアニメ映画まで、なかなか幅広くカバーしていただいていて、私も時折楽しんでいます。
 話題の映画「ボヘミアン・ラプソディー」がアップされたと聞き、早速iPhoneにダウンロードして聞かせていただきました。
 名バンド「クイーン」のボーカル、フレディ・マーキュリーを中心とした物語。あの不思議な名曲の誕生、フレディの生い立ち、バンドとの出会いからメンバーになるまで、そしてヒット、メンバー離脱、最後に力を振り絞って実現したライブエイドのコンサート。懐かしく美しいロックの曲を散りばめた映画は、世界的な感動を呼びました。
 まず全般の感想。あまり個性的ではないかもしれませんが導入として書いておきます。私は、これは愛の物語だと思いました。友情ではなく、愛です。ゾロアスター教徒の厳格な父親は、バンドに入るという理解不能な行動に出たばかりか、性的少数者としてカミングアウトするに至る息子を愛しながらも、打ち解けられずにいます。しかし、息子を勘当することはせず、帰ってくればいつでも迎えます。フレディを理解し、受け入れ用とする愛は、途絶えなかったのです。
 バンドのメンバーも、才能におぼれたフレディが離脱を宣言したことを赦し、最後は最高のライブを実現します。映画では、ライブエイド出演に向けた練習中にエイズ感染の事実を仲間に明かしています。ゆえに、メンバーは、病気のためではなく、戻ってきたがゆえにフレディを赦したことになります。これもまた、友情よりもずっと深く、克服力のある愛の形でした。
 この愛は、慈悲とも優しさとも違います。もっと現実的で赤裸々で、それゆえに揺るがない愛だと思います。それは、赦す寛容を持ちながらも、そこに至るまでにしっかりとぶつかり合える愛です。それは、ぶつかって、お互いの気持ちを正直に言い合い、なおかつ互いに必要とし合っていることを一緒に認めるというプロセスになります。フレディが天国に帰った後、メンバーがエイズ関連の財団を設立したことにも、この愛は表れました。
 ここからは、音楽映画としての作品鑑賞です。
 iPhoneは、小さいながらもスピーカーが非常によくできていて、音楽鑑賞に十分堪えられる音質になっています。映画特有の低音も、あんなに小さいのにばっちり再現してくれます。その機能が、この映画では充分に発揮されました。
 ボヘミアン・ラプソディーは、私がアメリカ留学から帰国したころか、その後くらいに大流行して、毎日聞いていました。ステレオサウンドを音楽の一部として取り入れた「ガリレオ」のコーラスは印象的でした。映画では、ここを作る場面が再現され、ステレオの左右の音のバランスや真ん中からの広がりなど、バンドメンバーが音楽だけでなく技術的な話にも踏み込んで実験を繰り返しています。
 クイーンの音は、破天荒なロックンロールの路線ではありますが、非常に美しく響きます。私はロックにあまり親しんでいないので詳しく分析できませんが、普通は圧倒的な音量で責めてくる印象のエレキギターなのに、クイーンのエレキは、平均律のピアノで時折聞こえる倍音の響きが混じっているかのようです。ベースとドラムが絶妙に融合しているためだと思うのですが、この響きはステレオサウンドの広がりを緻密に計算したから生まれたともいえるかもしれません。「ここからは自由に」と言っている箇所でも、この響きは変わりません。曲がどんなに闊達に転回しても、この響きはある種の通奏低音のようにずっと音楽を彩っています。これがクイーンサウンドの特徴だとしたら、世界に誇る人気の鍵は、曲自体でもあり、またこの響きでもあったとさえ思えます。そう思わせるヒントを、この映画は含んでいました。
 映画には、オペラのようなロックという言葉も出てきます。ボヘミアン・ラプソディーにこのスピリットが込められたようですが、あの響きがそれだとすれば、どの曲にも投影されている気がします。ぶつかり、皮肉を言い合い、ときにはそっぽを向き合いながらも、根底では互いを必要とし、許し合う深い愛で結ばれている4人の心は、純粋であり続けたのでしょう。だから、音楽が美しく、あの独特の響きが持続されたのではないかと思えます。心と才能と最新技術が融合して、クイーンの音楽は生まれたのでしょう。
 この映画は、物語やテーマの素晴らしさ、あるいは名曲を散りばめた演出の力に頼ることなく、4人の美しい心の響きをまっすぐに再現し、メッセージや解釈を入れずにストレートに見せてくれます。だからこそ、名曲たちが新たに躍動し、響きを生み出して伝わってくるのではないでしょうか。
 鑑賞前、私は「懐かしい名曲」に触れながら、当時の私自身の思い出を味わうのだろうと予想していました。たしかにそういう瞬間もありました。が、それよりも、音の美しさに驚嘆し続けていました。自身の思い出が出てきたのはボヘミアン・ラプソディーとライブエイドの場面くらい。そのほかは、聞き知っている名曲も新しい息吹とともに響きました。
 エンディングに流れる最後の名曲は、未来となる現代につながってきた彼らの音楽の集大成として、心の真髄に響きました。そして、未明近くの寝室で、私は一人、涙を流したのでした。



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国際俳句交流協会(HIA)ホームページ掲載の「名句迷訳」はこちらから
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