台湾食べっぱなし(小吃と台湾華語) -9ページ目

台湾食べっぱなし(小吃と台湾華語)

台湾に住むことになっていろいろと、気持ちよかったりわるかったり。楽になったり辛かったり。
食べ物のことが中心です。

さて明日から台湾!


海外は実に10年以上ぶり!


小籠包のスープをすすり、マンゴかき氷でぽんぽんひやし、
足ツボマッサで身悶えて、台式シャンプーでコーンヘッド


でも、台湾って元と台湾ドルなんですね。
どっちに替えればいいんだ。

単一通貨に慣れきってるから、ドンくさい感じです。


いってきます。

えー、「特攻野郎Aチーム」

観て参りました。


こんな映画に小難しい説明なんかいるか!

とにかく観てスカッとすることだけは確か。

細かいこと考えはじめるとスカッと度が減るのは確か。


とにかくどかんどかんぼこんばこんばきゅんばきゅんして、

キャラのたったやろうどもがさくっと生き延びる、っていうはなし。

「うそーん」といいながら、もう全然きもちいい。これは、バカ映画なんだね。

つまりは、70年代アメリカドラマって、

現在のアメリカドラマよりよっぽどいっちゃってたんじゃないだろか。



えーネタバレしますと、つまり

飛行機が墜落するも、その中に格納されていた戦車で、

大砲ぶっ放して逆噴射しながら湖に落ちて生還、とか

タンカーがロケット弾で沈没しちゃって、

上から無数のコンテナが降ってくる

というところが大変見どころ。(みたくば反転してね恋の矢



しかしおねいちゃんは美人じゃなかった…。

なんか拒食症のCoccoが無理に筋肉つけたみたいな感じ…いやCoccoは好きなんだけどさ。

もうちょっと色っぽい人使えばいいのに…。

でも特攻野郎だからあれくらいのほうが手強くていいんですかねっ。

オットは花火を見に行くのはあまり好きじゃなかった。

だいたい混み混みのところに行くのが好きじゃなくて、

ゴハンだって3人以上人が並んでいたら、「咽に詰まって食えたモンじゃない」といって回避する。


でも、何年か前、高坂の花火大会に彼の教え子と一緒に見に行った。

打ち上げ場の河川敷の反対岸で、寝ころんで見た花火は、

覆い被さるようにうち上がり、私たちは花火の中で過ごしているようだった。


でもやっぱり混み混みなのは好きじゃないと、それからしばらくいっていなかったが、

今年は私が「混むのは私もイヤだが、花火は見たい」

「一夏に一度くらい、浴衣を着て花火を見たい」とごねた。

知人が、風情好く花火を見た話を聞かせてくれたので、

なんだかとっても行きたくなっちゃったのである。


今日は、岩槻という地域まで出向き、高坂よりはずっと遠くからだけれど、

上から下までちゃんと見られる場所で、地元の農家さん達と並んで花火を見た。

車は、私たちが家のヨコのジャマにならない場所にそうっと路駐するのを、

見て見ぬふりで黙認してくれた。


久しぶりに見る打ち上げ花火!

大きなボタンや、ちりぢりの松葉、四方に飛び散る変わり花火や、

吹き上げ型の花火に合わせて、連発するカーニバルなどなど。


豪華絢爛連発はやっぱりすごいけれど、

日本人としては、やはり一発一発、丁寧に上がる花火が好きだ。

それも、ひときわ大きく、ただ一色に広がって、ゆっくり落ちて余韻を残す、金色の花火。

調べてみたら、錦冠(にしきかむろ)というらしい。


花火は人が群れ群れじゃなくて、ほどよい「あつまり」くらいで見られるのがいい。

暗いところで知らないひとと同じキレイなものを見るって、

なぜか不思議に気持ちが柔らかくなって、共鳴したような感覚?錯覚?になる。


浴衣姿って花火を見るのにぴったりだ。

帯で締められて反作用でおなかに力が入り、背筋がピンとする。

髪を上げてあるから、見上げても背中が暑くない。

なにより、ふるまいやしぐさも、もういちど見直すことになる。

姿勢というだけでなく、心意気を正してくれる気がする。

きれいで儚いものを見て、ただきれいとだけいうのではなく、

生きている一瞬のうちにどれだけしゅっとしていられるかを、思い起こさせてくれる気がする。


やっぱり道が混むのはイヤで、私から早く切り上げようといった。

まだ背中でばんばん花火がなっているけども、もうおなかいっぱいです。

この夏分の花火は、ごちそうさまでした!

「今度はもっと近くで見ようか」とオットが言ったから、

たぶん、また来年も、浴衣を着られそうである。



こんなブログ読んでも誰も面白くないですね。

もうちょっと面白いブログを目指しますが、とりあえずリハビリ代わりに。


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