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台湾食べっぱなし(小吃と台湾華語)

台湾に住むことになっていろいろと、気持ちよかったりわるかったり。楽になったり辛かったり。
食べ物のことが中心です。

今年も日本最大の裏マーケットが東京ビッグサイトで終了した!

正規の市場ではない、領収証のやりとりされない最大現金マーケット。

それはさながら戦後闇市。ビッグサイトの俯瞰はまさにそう見えます!


私は行ってない。行ってないのだが、「行った」もしくは「行こうかな」という人々が、

私の周りで確実に増えていて、

「コミケ」というキーワードが気がつけばそばにいる彼のよに。
で、思わず詳しくなったりもする。


「行った」人に聞けば、コミケっ て今やアニオタやエロ系ばっかりじゃないみたいなのだ。
2割はやっぱりアニオタエロ系で、このブラックマーケットの8割の売り上げを占めているらしい。
でも、残りの8割は、かなりピンポイントなニッチネタを、

私好みにちょっとフザケた感じで紹介している同人誌などが頒布されているらしい。
いまや「コミック」「萌え」はエロの範疇をこえ、

知的好奇心の及ぶ至るところに拡大しているようなのですね。


たとえば、「しょたけん」。

これは、「書体フォント」についてサンプル提示・解説する同人誌で、

現在すでにvol.7~8まで出ているらしい。
内容はしっかりしていて、「丸ゴシの角の半径を小さくすることでよりシャープなフォントに見せ、

繊細さを出す」なんていうベーシックな解説がなされる。
ただし、巻末の例示として萌えな表紙にフィットするフォントをテスト配置したり、

萌え例文、たとえば「君のこと好きだから怒ってる訳じゃないんだからねっ!」で

各フォントを比べたりと、

遊び心は一貫してなくさないのである。


それから、農薬につけられたオモシロな名前を紹介する「農薬と楽しい名前たち」。
これはコミケに参加した同僚がおみやげにくれた。


ムニぞうの つれづれ人生横町-農薬と楽しい名前たち

「ドラ○もんじゃないよ―ダニエモンフロアブル」というように、

農薬関連につけられた名前を茶化しつつ、内容については比較的まじめに薬効などを解説。

そのアンバランスさが何というかタモリ倶楽部っぽい。


このように、ウィットというか、「誰かがクスと笑ってくれればいい」という小冊子がわんさかなようだ。


何が大衆に受けるかという観点からの、迎合するような作品やメディアが多い中、

「人が本当に自分(だけ)が楽しくて作った作品」というのは、

共有できればわりと品質が良かったりする。
電子書籍も流通してくるし、今後はこういう「コンテンツ細分化」の時代かもしれない。一億総作家。




そんなわけで、コミケの魅力を少しばかり認識してしまった夏…。
40女があまりああいったところを歩くのは美しくない…とは思うが、

仲のいい人に誘われたら行っちゃうかもしれない次の冬である。


ペタしてね




最近、口の中が特にモワモワする。

今まで、習慣的に磨く以外は歯磨きを特に意識しないで生きてきたのだが、

「スゴーく歯が磨きたい」気分が激烈に起こることが増えた。

こんなことは今までなかった…(「秋の気配」オフコース風味)



歯周病とか、なんか病気かなーとかも考えたが、

調べてみるとどうもそんなのではないらしい。

食生活も特に変化ないし、お口も臭くない(オットチェックによる)。


で、もしかすると口の中で生態系の変化が起きているのではないか、という仮説に達した。

口内にはだいたい300~400種、よく磨く人は1000~2000億個、

あまり磨かない人は4000~6000億個、ほとんど磨かない人は1兆個!

もの菌が存在すると言われ(三和中央病院HPより)、

ひとつの宇宙さながらの世界が繰り広げられているが、

たぶん、私の老化と、この暑さとで、体温等の口内環境に変化が起き、

醸される菌の生物分布というか植生(?)が変化したのではないか。

そんでもって新しい口内細菌世界のキャッチーなウリは「モワモワ感」という、

私にとってはありがたくないものなのでは、

ということをわりと真剣に朝思いついちゃったので、ちょっとup。


もやしもんはあまりちゃんと読んでいないのですが、

菌が擬人化されるとこういう妄想が起きるんですね。



菌ちゃんの「モワモワ感」というコピーは唯一の消費者である私が望ましくないので、

歯磨きで迅速に却下します。

植生変わると良いな。まずは暑いの何とかして。



ペタしてね



昨日、オットとその母と銚子・犬吠に行ってきた。

銚子は義母にとって思い出深い町だ。義母の母がこの町の出身で、従兄弟も住んでいる。

オットは小中学生の毎夏、犬吠の民宿で友人らと合宿をしていた。

義母も引率でその民宿に来ていた。(昔はこうして親が他人の子の面倒を見るのはまあ普通だ、と言った)

私は、オットとつきあい始めた16歳の夏、

もうボロボロになったその民宿に、他の友人と一緒に連れてきてもらった。



コンクリうちだけだった銚子電鉄の駅はすっかりバブルデコラティブで、

古くも新しくもなく、カッコよくも使えなくもない。

駅舎では名物のぬれせんべいを焼いて、香ばしい醤油の匂いがしている。

昔私たちが乗った車両は土産物売場になっていたが、さびてさびて使い物にならず、

土産は駅舎の中に避難していた。


犬吠崎の民宿は、もちろんもう民宿ではなく、でも、建っていた。

オットとその母は、「塗り替えられてるね」「もうあのおばちゃんの持ち物じゃないだろう」などと言いながら、

かつての民宿と海を交互に見ていた。


犬吠から銚子に移動し、利根川の河口の「千人塚」に立って、

母とオットがまあ楽しそうに昔のことを思い出すのだった。

オットが、昔は合宿で、この対岸の浜崎から銚子大橋を通って、

犬吠の民宿まで歩いたこともあった(真夏の暑い盛りに、15キロくらいある…バカ)とか、

ぼくは方向がわかるたちだから、内陸を通って最短距離で帰ったけれど、

別のグループは海岸線伝いにしか戻ることができず、何時間も遅れて戻ってきたとか誇らしげに話す。




この千人塚には、いくつもの墓がひっついている。

というより、墓のてっぺんに碑があって、まさに「塚」なのである。


昔、波を調整するための工事など人ができないとき、

利根川ほどの大きな川の流れは、外海太平洋の波と戦って、河口は荒れ狂っていた。

漁業しか生業のすべがない町は、港から漁に出るとき、

船群をつくっていくも、その激しい潮流においては集団を維持できない。

誰も自分の船の操縦でいっぱいいっぱいで、

目の前でとなりの船が沈むのを見るしかないこともあったようだ。


そのことを、「かわぐちのてんでんしのぎ」といったらしい。

河口にいたったら、てんでばらばらになる。おのおのなんとかしのいで乗り切れ。

沈まなかったらまたぜひ会おう。諦めと祈りの入り混じった、切実なフレーズ。

町中に立つあまたの観音や水天宮が、祈りを司っていた。


この塚は、かわぐちのてんでんでしのげなかった人たちを埋めた盛り土の上に立ってる。
そういうことを、義母が訥々と話す。

私はへぇ、へー、と両者の話をアホのように聴く。





揚げたてなんだから魚の町なら旨いに決まっている嘉平屋の練りものなどをパクつき、

あーうまい、まあ人間はこれでよかったんだろな、死にたくない人が死なないし、と、思った。


でも、死を覚悟したハードボイルドや、ギラギラ無謀な中学生の行進を思いながら、

今と、ちょっと昔と、それより昔、の三つを行き来していると、

煮えたアタマにすごく損したような淋しいようなむにっとしたものがきて、

しかしやはり練りものをぱくとたべて、穏やかな青い海を見たんでした。おしまい。