副都心線は、もうこれしょっちゅう遅れる。
西武線がダメだと言えば遅れ、東上線が死んだと言えば止まり、
有楽町線がどうにかなったら再起不能である。
今年に入って、すでに3回以上バグらせている。
あんまり頻回に遅れるものだから、運転手…じゃない車掌
(ワンマンの自動運転だから、運転手はいない。よく考えたら激しく怖い)
が車内アナウンスで謝る態度が、日に日にぞんざいになってきた。
芸人の「響」なる方は、巨漢のセーラー服で「どーも、すいませんでしたっ!」と捨てぜりふをはくが、
4割方そういうニュアンスなのである。
文語体として標記すれば、「大変申し訳ございません」という台詞なのだが、
その口語体表記は
「たいへん、もーしわけござあませんっ(フフン)」
という感じで、
「俺だって大変なんだから、文句言うんじゃねーよっ」
という心がありありとアナウンスされちゃうのであった。
もしくは
「もーしわけござーませーん」
って感じで、あからさまに
「俺のせいじゃないから、本気で謝りゃしネーよ?あ?」
っていう一昔前の立川の中坊のよなヤサグレ気分が列車中に表現されちゃうんである。
いや、彼は実際そう思っていないかもしれないのだが、そう思わせてしまう音色が問題なのだ。
あのタイミング、あの対象にあの台詞の言い方は、きわめて危険である。
彼には顔の見えない、イライラがつのった乗客は、
あの言い方を聞いてさらに深い憤りを覚えずにいられない。
下手をすると「ケンカ売ってんのか?おおっ?!」と、メンチ切りそうである。私だけか。
それが短くて8両、長けりゃ10両分人間がいるんだから、
暴動になったら、30前の生チョロい車掌なんてイチコロくんである。
ほんとうに、そんな言い方なら、かえって謝っていらない。
「この電車は○○に行く。××で△△に乗り換えられる」等々、
業務連絡のみを淡々と正確にアナウンスしてくれれば十分である。
謝る、っていうのは、音声なのだ。言葉の意味じゃないんである。
演技でもいいから、もう少し泣き出しそうな声を出した方がいい。演技でいいんだから。
すまなそうな声!そういう音声の出番は、社会にはあふれている。サービスの仕事にはなおさらだ。
ビジネスとか何とか言うけど、結局は私情感情でうごめく世の中だ。
世界で通じるグローバルなビジネスユースランゲージとは、すなわち言語ではない。
音質・音色なのである。周波数万歳!
みんな、自分などというやすっちいプライドはおっぽり捨てて、
気持ちよく演技しようではないの。さすればグローバル!
30歳そこそこの坊ちゃん車掌(ではこれは坊ちゃん電車?)を思い浮かべながら、
こういうところにロスジェネの「捨てられなさ」=「世界の狭さ」を感じ、落涙するんである。
一生なおんねんだろな。おつかれ。

