この本のタイトルを見たときは、スリラー小説かと思った。

サブタイトルの原発不明がん、こちらで理解した。

数か月前だったら、原子力発電所関係の話と思っていただろう。

 

それほどまだ認知度の低い、難病、原発不明がん。

どこかでがんの症状が発見されたとしても、その部位から発生したものでなく、

最初にどこでできたかがわからないがん。

その場合は治療のしようがないのだ。

最近このがんで亡くなる方がちらほら出てきた、ということは、

認知がすすんできたということなんだろう。直近では山田五郎さん、

その前は森永卓郎さん。いかりや長介さんもそうとは知らなかった。

 

書評家である妻が、夫の発症から死までを克明に記録した、ある意味、

ドキュメントになっている。

コロナ禍での原因不明の腹痛、入院、検査をしてもわからぬ病名、

面会もできない状況、そんな中での新病棟への引っ越し、混乱、転院、

病名確定、抗がん剤中止、退院、在宅介護、緩和ケア、最期、、、

壮絶な記録となっている。

 

最初に入った病院の不手際の数々。コロナ禍で旧病棟から新病棟に移る混乱のせいか

病院内のコミュニケーションがとれておらず、困惑する二人。

医師は必死に病名を探したがわからず、患者にセカンドオピニオンを求める。

転院後はそのストレスはなくなる。

・・・病院選びは難しい。システムがうまくいっているかどうかなんてわからない。

それと、その病気を経験している医師がいるかどうか。

彼の原発不明がんはどちらの病院にも症例はなかったようだ。

それくらい珍しいがん。

 

家に帰りたい、という彼の意志を尊重するが、病院からは

「移動中に亡くなる可能性もある」とはっきり言われる。持って一週間とも。

しかし彼は16日生き、多くの人の見舞いを受ける。

固形物は食べられなかったが、グルメでもある彼に、関係者に頼んで、

凝りに凝った出汁やスープを用意し、味わってもらう。

そして別れ、、、、

 

夫婦共働きで子供がなく、蓄えは普通の人以上にあったにせよ、

これだけの在宅介護ができれば、亡くなった夫は満足だったと読めた。

彼女は後悔は残ったようだが、はたから見れば精一杯やったと思う。

後悔は転院が遅れたことというが、最初からその病院だったとしても、

結果が変わったかどうか。

つまらぬ連係ミスによるストレスは減ったことは間違いないが。

 

腹痛はいつも通うジムで起こったという。

健康、細マッチョでも突然そうなる。いや、実はもっと前から起こっていたはずが、

気づかなかったようだ。

明日は我が身、かどうかはわからないが、人間ドック程度で発見できるものでは

ないらしい。

自分の身体の変調に向き合うしかなさそうだ。

 

書評家だからこそ書けた本だと思う。

なんか以前こういう闘病記を読んだ気がするが、、、思い出せない。

良書。

 

 

 

第一部

発病と焦燥

診断と転院

治療と断念)
 

第二部

保雄のこと 私のこと

退院 そして緩和ケアの開始

在宅介護

ベッドのかたわらで

最期の時
 

第三部

永遠の別離

喪失感と罪悪感

原発不明がんとは何か

医療従事者から見た実態 都立駒込病院編

医療従事者から見た実態 住宅緩和ケア編

T医師からの返信
 

第四部

寄る辺なき日常

希少がんセンター


終章