アグネス論争を端緒にした本。
覚えてる。
40年前。
職場(=テレビのスタジオ)に赤ちゃんを連れてやってきたアグネスを
林真理子らがおもいきり批判した「事件」。
上野千鶴子がアグネスの側に立って論争に火が付いたってのは

当時はあまり覚えてない。
淡谷のり子も批判側だった、、というのはうっすら記憶にあるような。

今では当たり前の景色、とまでは言い切れないが、

少なくとも社会の理解が高まったのは、
アグネスチャンの、さらに上野千鶴子の頑張りがあった。

その二人の対談。

いろんな秘話、が明かされる。当時の論争の。
そもそもアグネスは子育て優先でテレビに復帰するつもりはなかったところ、
子連れでもいいから戻ってくれ、と言われ、その条件なら、
ということで、その姿で帰ってきたということ。

私にとってのアグネス・チャンは「ひなげしの花」「草原の輝き」
「ポケット一杯の秘密」「冬の日の帰り道」など、
素敵な歌を歌うアイドルだった。私は当時小学生、かな。
しかし彼女は単なるアイドルを超え、世界中の子供の幸せを祈り活動し、
学び、歌でなく、語りで講演を行う一文化人になっていた。
そんな中のアグネス論争だったと、、

淡谷のり子も当時は批判したが、後日、
自分は子供を任せたため、なつかなかった、寂しかった、
あなたが正しい、と言ったとか。
当時女性はそうしなくては闘っていけなかった。
そうせざるを得なかった。
アグネスがその常識を破るきっかけを作った。

そこに豊かな家庭のお嬢ちゃん育ちだった上野千鶴子が参入した。
彼女も、父親が自分の兄や弟には「大きな夢を持て、医者になれ」
と言いながら、自分には、「かわいいお嫁さんになって」ということに反発。
以来学問をこころざし、論文、本を出版しだした。
その中でのアグネス論争、黙っていられなかったと。

彼女の功績は大きい。
話題は子育て、親の介護、自身の老後へとつながる。
中国では親に感謝し面倒を見るのは当たり前、それは愛だ、という
しかしアグネス自身は、介護になるときは施設に行きたい、という
愛という言葉は難しい。

翻って自分は、、、

妻は不本意な結婚であったため寿退社の名を借りていったん専業主婦に。
しかしその枠で収まるはずもなく、法律事務所等で働く。
自分の母親も働いていたためか、働くことが当たり前なのだ。
片や我が家は父が自営で母はその補助、

と言っても後半は双方体調を崩し専業主婦状態。
その生活に私自身慣れていた。父自身末っ子で故郷を出ての関東暮らしなので、
家父長制ではないが、女性の立場は弱いことには変わりはなかった
なので家庭観が違う二人はぶつかることも多かった。
しかし娘が生まれれば結局育児の中心は妻。
当時の私は残業も多く、また資格取得の勉強に追われ、育児参加の度合いは低い。
寝る前の本の読み聞かせは一所懸命やったけど(ハリー・ポッター全完読破)、
それは資格をあきらめたあとか。
二女の中学受験はちょうどリストラ失業中だったので、塾も最小限に私がみた。
長女より優秀だったが、長女が入った学校には縁がなく、第二志望に合格。
でも結果私と同じ大学に入り、、、
私自身いつしか残業しないスタイルが定着したので、

家庭へのかかわりは増えていった。
そのため、か、子供との関係は良好な気はしている。

妻は結局正社員、という形ではない中で、

業務委託だったりパートだったりで結果を出す。
リフォームだったり額装だったり、今はベッド。セールス力があるようで。

私の両親は50代、60代で逝ってしまったため、介護を意識する間もなかった。
相続では苦しんだけど、、
その点妻の両親は健在。まもなく90代。今も元気に二人暮らし。
しかしこれからどうなるか。その時妻はどうするか。
娘たちもこの8月にふたりめ出産と結婚。私は定年。家族が動く。

私は妻の影響大でだいぶ考えが柔軟になっているとは思うけど、
世の中はそれを逆行させたい勢力が台頭している。
家父長制など今復活するときではないのだ。
夫の稼ぎで一家を養う時代ではないのだ。
女性も同等にはたらかせながら、家父長制だけは維持する、なんてナンセンスだ。

いまだ工業社会の教育スタイルをとっているから不登校が増加している。
官僚は仕組みを代えたがらないもの。それは当然。
それを動かすのが国会のつとめ。
なのにそこが明治時代の仕組みへの回帰をめざしている。
そしてそれが他国の宗教団体の考えとなぜか符丁し、後押しされ、力を持っている。
たかだか100年前の制度を「日本の歴史、伝統」という。

あげく今の天皇家をないがしろにし、

とうに民間人になった室町時代の血を持ち込んで、
天皇と呼ばせる計画をすすめている。
戦後うまれのわれわれには天皇を神と拝む思想はない。
そこにあるのは平和を祈る天皇一家があるだけだ。
その天皇一家に男の子がいなかったら、女の子がいても天皇家は続けさせない、
と言っているのが今の皇室典範。
変えるならそれを変えるべきだろう。
そしてそれでも絶えるなら絶えていいのだ。
でも今の首相は、女でありながら、女性蔑視の法律を強行しようとしている。
彼女は男社会の中で媚を打って噓をついて生き延びてきただけ、
ということが昨今の言動ではっきりした。

世の中の半分存在する女性の立場はなかなか上がらない。

考えるところの多い本だった。

 

はじめに
働く母が失ってきたもの
アグネス・バッシングなんかに負けない
序章
第1章 アグネス論争を振り返って
・働く女性が失ってきたもの
・アグネス論争に参入した理由
・批判をどのように受け取るか
・論争をきっかけにスタンフォード大学に
第2章 女性の生き方、働き方は変わった?
・誰もが結婚する時代ではない
・夫が家事、育児に参加できない背景
・中国、日本の家族観
・弱者のままで生きる
第3章 「女らしさ」「自分らしさ」の罠
・女らしさ、男らしさって?
・女子力がある=気が利く
・女性がノーと言い始めた
第4章 日本と中国……教育格差、経済格差がもたらすもの
・日本と中国での男女不平等の違い
・子どもにベストな教育とは
・経済格差が教育格差に
第5章 変わらない社会でどう生きるか
・病気になってわかったこと
・理想の老後とは?

おわりに。