どんでん返し、、、というのはちょっと違うけど、
終章を読むまで、この新書のテーマは
「算数文章題で躓く小中学生を学校はどう救うか」
だと思ってた。
それだけでも十分重いテーマだからだ。
分数の足し算ができない子供たちに、
身体化された生きた知恵を身につけさせるために
どういう「教え方」をすればいいか。
説明だけではだめで、「記号設置」するためには、演繹推論ではな
アブダクション推論が必要なのだ
ということを色んな事例を交えながら説明してくれる、
これだけでも問題意識が十分持てた。
初めて接した言葉である「記号設置」も、
「アブダクション推論」も、おぼろげではあるが頭に入った。
これを今の小中学校にどうあてはめるのか。
40人学級などでは当然無理。
半分でいい。
しかし教師は忙しすぎる、、、
などと考えをめぐらしていたら、、、
終章を読み始めて、いままでが前置きであることを思い知らされた
途中でも少しずつ話が出てきた生成AIが主役になる。
いや、あくまで人間が主役か。
最近の、AIが人間にとって代わられる、という言説に対してはっ
生成AIと人間の違いを訴えている。
生成AIは自分の持つ知識を使うことができない、と。
都度世界中の情報から最適解を吐き出すだけで、
「生きた知識」は持たないのだ。
言われてみればそうだが、気づかなかった、、、
更問すると平気で矛盾した答えを出すのはそのせいだったか。
人間も、「覚える」だけだと同じことになってしまう。
概念の本質を推論によってつかんで生きた知識とすることができる
人間は生成AIと差別化できる。
だから、算数の文章題が理解できない小中学生に、
これを身につけさせることが大切なのだ。
正解だけ求めて、暗記が得意な、偏差値エリートばかり生んでいて
というか、偏差値エリートが求められる国ではいけないのだ。
小学生の時に進学塾で勉強して、有名私立中高一貫校に入って、
東大やら早慶やらに入って、大企業に入って、、、、
これが成功のロールモデルみたいに社会が思っているから、
ろくな考え方ができない官僚や政治家や経営者ばかりになるのだ。
と書いていて、あれ?と思ったのは、、、
有名私立中高一貫校に入るような子供は、算数の文章題はお手の物
生きた知識、もってるんじゃないの?と。
それとも、文章題とて「覚える」の延長戦上にある、ということか
推論はせずに。。。
ちょっとわからなくなってきたが、
気づきの多い新書だった。
はじめに
第Ⅰ部 算数ができない、読解ができないという現状から
第1章 小学生と中学生は算数文章題をどう解いているか
1 算数文章題につまずく小学生
2 小学生の算数文章題につまずく中学生
3「意味の不理解」が引き継がれる
第2章 大人たちの誤った認識
1 テストと学力についての誤認識
2 知識についての誤認識
3 スキーマなしでは学習できない
第3章 学びの躓きの原因を診断するためのテスト
1 「たつじんテスト」の開発まで
2 「たつじんテスト」は思考力を測る
3 点数をつけるよりも大事なこと
第Ⅱ部 学力困難の原因を解明する
第4章 数につまずく
1 「数」はモノを数えるためにあるわけではない
2 分数というエイリアン
3 かけ算・割り算の意味がわからない
第5章 読解につまずく
1 「読める」とはどういうことか
2 問題文を理解するための語彙が足りない
3 単位、時間、空間のことばを理解できない
4 行間を埋めるための推論ができない
第6章思考につまずく
1 認知処理の負荷に押しつぶされる
2 状況に応じた視点の変更ができない
3 パーツの統合ができない
4 モニタリングと修正ができない
第Ⅲ部 学ぶ力と意欲の回復への道筋
第7章学校で育てなければならない力――記号接地と学ぶ意欲
1 生成AIと記号接地
2 子どもはどのように記号接地しているのだろうか?
3 アブダクション推論とブートストラッピング
4 自走できる学び手へ
第8章 記号接地を助けるプレイフル・ラーニング
1 プレイフル・ラーニングの考え方
2 時間概念の記号接地――プレイフル・ラーニングの実践1
3 分数概念の記号接地――プレイフル・ラーニングの実践2
4 知識を身体化できるのは学び手のみ
終章 生成AIの時代の子どもの学びと教育
参考文献
図版出典一覧
あとがき


