この本の趣旨を二度までも見誤った。読み誤った、というべきか。

まず1章を読み始めた時、
この本は、今の日本の男女差別を問題視し、会社の役職者や議員の割合などの、
現状の男社会が今の日本の諸悪の根源だ!と訴えたい本なのかなあと思った。

しかし読み進むうちに様子が変わってきた。
ワーカホリック、過労死、アルコール依存症、痴漢依存症、、、
あれ?依存症の恐ろしさを訴えたい本だったのか、
看板に偽りありだなあ、と多少憤りながら読み進めた。

そうしていくうちにようやくこの本の狙い、ターゲット、

言いたいことがわかってきた。

男尊女卑社会の通念、固定観念に縛られたが故の生きづらさにより、
ワーカホリックになったり、アルコール依存になったり、

ギャンブル依存になったり、セックス依存になったり。
女性、、多くは専業主婦が万引き依存になったりするものなのだ、
と。
誰に植え付けられたか男はこうあるべき、女はこうあるべきという

固定化した考えと、実際の世の中のギャップを埋められない人たちが、

様々な依存症にはまっていく。

一度そうなってしまうと、怠けとか何とかでは済まされなくなる。

最後のほうは依存症からどう抜け出すかの話になる。
自分の現状を認めることから始まると。
そのためには仲間が必要と。
自分をさらけ出せる仲間が。
それがいない人、孤独な人、
現実離れした固定観念から逃れられず、それでいて本音を語れる相手を

持たない人が、依存症にはまるからと。

大谷の通訳も大谷や奥さんに話していたら。

さてここで考える。
まず依存症そのもの。
私は幸いそういう状況にない。
その最大の理由は、本音が言える仲間がいるからだと思う。有難い。
そもそも私は虚勢を張らない。
組織社会の会社でも見栄を張って、あるいはマウントを取って偉くなろう、
としたことがない。性に合わない、できない。
男らしさ、なんて意識してもなかなかできない。
ゆえに無理せずに、依存症にならずに来たのかなあと。

もう一つは男尊女卑のこと。
両親は自営業で、実質父親が稼ぎ、母親はその手伝い程度。
男尊女卑的家庭だったかもしれない。
しかし幸い?私の結婚相手がいろんな意味で強く、そんな考えでは
平穏に暮らしていけなかった。
好きなタレントの一人が男のおばさんの永六輔さんだったから、
素直に受け入れられたのかもしれないけど。
そういうこともあって、男だからこう、女だから、というのはなかった。
もっとも子育ては妻に頼っていたのは間違いない。
資格試験の勉強だから残業だからと、押し付けていた。
受験対策は頑張ったけど、、

そういうこともあって、この本の対象、当事者にはならずに済んだけど、
今の世の中、固定観念からくる依存症に苦しんでいる人は多いんだろうなと思う

そういう人はもっと本を読んだり、友と語らった方がいいと思うんだけど、
そういう人ほど、電車の中でスマホを見たり、ゲームしている気がする。
スマホ依存症、ゲーム依存症、、、
そういう人に限って足を広げて1.5人前場所を取るし、座ればひじを張るし、、

迷惑だし、心配だ。

 


◆まえがき──男尊女卑社会が依存症を生む

1章……日本は男尊女卑依存症社会である
 ■男尊女卑依存社会が依存症を生む
 ■男性優位の社会構造
 ■らしさの価値観をインストールされる
 ■依存症とワーカホリック
 ■ワーカホリックは病気か?
 ■死にいたる働き方
 ■過労死について

2章……男尊女卑社会とワーカホリック
 ■ワーカホリックはさまざまな依存症のトリガーに
 ■仕事と飲酒
 ■依存症と人間関係
 ■条件付けと報酬系の仕組み
 ■人は生き延びるために依存症になる
 ■依存症と自尊感情
 ■ワーカホリックと自尊感情
 ■ワーカホリックと認知の歪み
 ■加害者家族が抱える苦悩から見える世界

3章……ワーカホリックと性別役割分業
 ■男性に履かされた下駄の重さ
 ■いまだに続く男は仕事、女は家庭に
 ■依存症は男らしさ、女らしさの病
 ■らしさへの過剰適応

4章……「男らしさの病」と男尊女卑依存症社会からの脱却
 ■シラフで生きること
 ■感情をみつめる
 ■回復のためのガイドライン

◆あとがき