自身中学から私立、子供も中学から私立だったため、さらに妻任せだったため、PTAはほとんど縁がなかった。
妻が幼稚園のPTA会長で改革をしていた時はいろいろアイデアを出していたが、、、
PTAが入退会自由ということは恥ずかしながらこの本の紹介インタビュー番組を聴くまで知らなかった。
それで慌てて入手した。
もっといえば、学校のPTAの上部組織に日本PTAなんちゃらがあって、そこに我々のPTA会費から上納されていることも知らなかった。
ましてPTAの総意、として日Pが勝手に発表していることも。
PTA、元の理念はいいものであるはずだ。学校教育に親も参画させる。先生に任せてはいけない。
親同士が連携することで、意見交換もでき、人によっては自分を磨く場にもなろう。そういう声は今でもある。それはよい。
しかし、PTAが、先生の作業の軽減、学校の予算の補助機能になってしまっては本末転倒だ。
戦後すぐにPTAが始マリ、高度成長期のころは専業主婦も多く、PTAも成り立ったろうが、いまや夫婦共働きが当たり前。
シングルマザーも当然働く。女性が働くことを前提にしていないPTAのまま運営していることに無理がある。
しかしそれを押し通す。
本来入退会自由なのに、それを周知せず、半強制入会させる。入会しないとその子には卒業式でコサージュやまんじゅうを渡さない。
本末転倒。つまらない仕事、講演の参加などをさせる、、
こういうのは変えたい。
変えられないのは日本文化に染み付いた農民根性なのか?
いや、それは農家に失礼だ。気候が変われば作付けする植物を変えているではないか。
不合理なら変えればいいのだ。時代の変化に合わせて。
ただ、、、よほどのことがないと仕組みを変えられない、というのは日本文化なのかもしれない。
旧態依然の学校PTA組織に一つ憤る。
もう一つが、日Pの存在。
なんだそれは?
なんのためにあるのだ?
読み進めるうち、虫唾が走り出した。
「手作りの雑巾で親の愛を感じるところが、市販のものを持たせる親がいる。
そこで市販にないサイズに変更したら、切って持たせる。
糸の色を指定したら、マジックで塗ってくる」
専業主婦を前提とし、さらに、親が苦労することが愛情と決めつけた指導者たち。
時代錯誤も甚だしい。
こんな連中が日Pを牛耳り、これが安倍さんにつながるという。
学校PTAで下働きするのは母親ばかりなのに、日Pは男がのさばる。
赤坂に中途半端な建物を購入する。
その原資はPTA会費。
コロナの一斉休校に拝見しないのに、9月入学案には時期尚早と意見する。
なくしてしまえこんな組織。
反吐が出る。
根拠のない根性論、自分で思うだけならいい、私だってマラソン完走の達成感はそれに類する。
だが、各家庭の在り方をそんなつまらん考えで押し付けるのは認められない。
反知性主義極まれりだ。
こういう連中は学術会議も嫌うんだろうな、、、
PTAということで気軽に読み始めたら、日本の縮図だった。
第1章 まだまだおかしいPTA
(初のPTA活動、1年目で挫折
親をモヤモヤさせるのは… ほか)
第2章 これだけは知っておきたいPTA
(PTAの仕組みの基本
PTAはどのように始まったのか?)
第3章 親も知らないPTAの世界
(「大きなPTA」の解剖―「P連」の世界
PTA組織の頂点、「日P」とは?)
第4章 「大きなPTA」はどこへ行く?
(「親学」とPTAと現実政治と
PTAと日本青年会議所(JC))
第5章 これからのPTAのために
(動き出すPTA問題
どこが、どう変わるといいのか? ほか)
特別編 不合理なことは不合理だと声を出す―前川喜平氏インタビュー

