手塚治虫の遺稿をもとに、桜庭一樹さんがその内容を膨らませたこの小説。
遺稿、というのは原稿用紙2枚と5行、序章と第一章だったそうで。。
火の鳥はとりあえず一通り漫画で読んだものとしては、新作?も読まずにはおられない。
とりあえず、と書いたくらいなんで、そんな熱烈なファンでもなかったので、
記憶はぼんやりしているけれど。

この小説は、日清戦争から満州事変、大東亜戦争の時代、中国大陸が舞台。
火の鳥の首をめぐって、時間旅行?を何度もしてしまう登場人物たち。
日本、中国、古代の楼蘭から人々が絡み合う。
火の鳥、鳳凰、フェニックス、、

火の鳥とは地球そのものなのか、神なのか。

漫画で読んだ時のようなダイナミック感があるかどうかは微妙だし、
自白剤で2人も過去をしゃべる手法はなんだかなあと思うけど、
楽しめます!

 


■「火の鳥 大地編」全文 手塚治虫 約1000字

序幕 タクラマカン沙漠(さばく)の一角、果てしない荒野

 さまよう猿田博士

第一幕

 昭和十三年(一九三八年)一月

 日中戦争の勝利に湧く上海

 西安路にある超一流クラブ

 日本軍幹部将校、財閥、各国総領事夫妻などの大夜会。ダンス。スイング・ジャズが流れる。

 中に将校達(たち)にまじって将来を保証されている関東軍司令部づき副官、間久部緑郎少佐、
 スキのない美男子、殊に三田村財閥の会長三田村要造の愛嬢麗奈と一年前結ばれてからは異例の出世。
 だが早くも我儘(わがまま)で緑郎を見下そうとする麗奈と、
 ある謎の女性に心が魅(ひ)かれている緑郎との間には深い溝が出来ている。

 さんざめく夜会の中に、かつて大学の恩師で今は大東亜共栄圏資源開発庁の研究センターに
 籍をおいている猿田博士が間久部と密談。

 猿田博士は中国の遥(はる)かな西域、タクラマカン沙漠の中に“さまよう湖”があり、
 そこに火の鳥と呼ばれる伝説の鳥が実在し、その鳥の血液には驚くべき未知のホルモンが含有されていて
 その湖周辺の動植物と、住民に強い影響――長寿、活力など――を与えつづけていることが調査で判明したと
 打明(うちあ)け、皇軍の士気昂揚(こうよう)に是非必要と云(い)う。

 大本営付犬山元帥、向内大将が現われ、極秘裡(ごくひり)に現地へ調査隊――火の鳥の捕獲――のための
 隊長に間久部緑郎が任命されることを告げる。

 感動する間久部。これが成功すれば彼は一躍世紀の英雄になれるのだ。

 一行の帰ったあと、憲兵隊司令官西宮少佐が、八路軍の便衣隊数名を捕えたが中に日本人で
 どうも間久部少佐の血縁続きの者がいるようだと耳打ちする。クラブの裏口で、その男に会う間久部。
 果して、男は間久部の実弟の間久部正人である。緑郎はこの男はたしかに自分の弟で、
 間違って捕えられたのだと釈明する。正人は放免される。