かっぱのテキト~お気楽裁判傍聴記 -10ページ目

第1号法廷 ヒミツの窃盗生活

  ちまたでは派手な事件ばかりが取り上げられるが、実際は新聞にすら載らない事件の方が多いわけで、当然ながら、それらの事件の裁判も毎日行われている。それでは、それらの事件に見るべきところはないか、というとそういうわけでもない。それらの事件の背後にも漏れなくドラマは潜んでいるが、それは罪状や判決を眺めているだけでは見えてこない。それでは、どうすれば良いのか?・・・そう、裁判傍聴である。

  被告人Mは30歳男性、無職。彼が犯した罪は、

「住居侵入、器物損壊、特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律違反、窃盗」

  長すぎる罪状であるが、要は法的に許可されてない道具を使って(=特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律違反)、窓をこじ開けて(=器物損壊)、人様の部屋に忍び込み(住居侵入)、物を盗んだ(窃盗)のである。窃盗にあれやこれやと余罪がくっついてきたのだ。窓を壊さずに、違法道具さえ使用してなければ、窃盗と住居侵入で済んだんじゃないかしら。そういう問題ではない?

  被告人Mは高校中退後、職を転々として、逮捕時は無職である。さて、これから被告人Mの毎日を思い浮かべてみよう。

  被告人Mは毎朝、母親が作ってくれた弁当を持って、仕事にでかける・・・・・・フリをする。そう、彼は無職であることを母親に秘密にしているのだ。母親はそのことを知らずに、毎朝、弁当を作っていた。家を出たのはいいが、Mには仕事なんてないのだから、適当に時間をつぶし、昼になったら母親の弁当を食べて、また時間をつぶして、頃合いになった帰宅をするという一日を繰り返していた。

  しかし、彼には母親に秘密にしていることがもう一つあった。それは常習化してしまった窃盗である。仕事をしていないのだから、お金が入ってくるわけがない。では、どうするのか?盗むのだ。3年前から空き巣に手を染めていた。その手口は大胆不敵。20cmほどあっただろうか、大きなマイナスドライバーで窓をこじ開けて留守宅に侵入するのだ。狙い目は夕方である。陽も傾きかけた町を周り、ターゲットを絞る。ポイントは二つである。明かりがついていないことと、洗濯物が干されたままであること。この二条件を満たしている家を留守宅だと判断して盗みに入っていた。

  主に平日に盗みにはいるMもたまには休日に活動することもある。休日は仕事だからといって朝から出かけるフリをしなくてもいいので、それまで家で思うままに過ごし、時計が夕刻を指せば、窃盗をしに出動である。

  あの日も、母親に作ってもらった弁当を持って偽りの出勤をした。某大型量販店で時間をつぶして、夕刻となる。今日は空き巣に入ろう。例のチェックポイントを満たす家を探す。発見。今回も上手くいく・・・はずだった。なんてことない留守宅なんかではなく、家人に見つかり、あえなく逃走。途中、警察官に職務質問をかけられ、あの巨大なマイナスドライバーを不法所持していたことから現行犯逮捕となった。こうして、彼の秘密の窃盗生活はあっけなく幕を閉じたのだった。

  なんてこともない事件性の低い案件であるが、傍聴していて、被告人Mの日常がありありと思い浮かぶようだった。息子は働いていると信じて、毎朝、弁当を作る母親の姿。息子が帰ってきたら、空になった弁当を明日のために洗っておく。Mは本当のことを言えずに、窃盗を繰り返し、嘘を重ねていく日々。昼時になるとどこかで母親の弁当を食べて、金に困れば夕刻に留守宅を探し回る。

  母親と娘と息子の3人暮らし。息子の窃盗生活を知らない母親にとって、多少の悩み事はあっても至って安穏とした毎日だったに違いない。しかし、息子の逮捕によって、それがメッキだったことに気づかされる。その時の母親の気持ちたるや・・・。Mに関しては自業自得だし、ましてや常習犯なので、同情の余地もないのだが、今後、果たしてMの母親と妹はどうなるのか?非常に心苦しい思いであった。

  このようにニュースにもならない事件が、傍聴することで、「事件」が「ドラマ」になるのだ。それが傍聴の面白さの一つだと思う。

―おまけコラム―

  次回公判の日程を最後に裁判官や検察官、弁護人の間で相談して決めるんだが、この時は被告人を前にして非常に和やかに決めていた。まるでお茶会の日程を決めるかのように。これまた、テレビドラマの裁判を見ているだけでは分からないことである。