スピリチュアリティカウンセラー林まゆこのブログ《導かれるっていうことは。~不思議は誰にでも訪れる~》
  • 29Jan
    • 第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№7 光から、人生が180度変化していく。~の画像

      第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№7 光から、人生が180度変化していく。~

      光の写真を撮ってみようか?前回は、光のエネルギーが視えた、というお話しで終わっていました。今回は、その先です。その光のエネルギーを“写真に撮ってみようか”と思ったことから続けてみましょうか…。あるとき、夜ですね、会社での仕事が終わってマンションに帰ってきまして、家に入る前に、マンションの中庭を何気なく見たときに、その中庭にいくつか配置されている灯りがあるんですが、その光の周りにいつものように虹の輪が見えるわけです。そのときふと、「その虹の輪を撮影してみたい」という衝動に駆られたんですねぇ。写真にその虹は写らないと知っていたんです。それまで別の場所でチャレンジしていましたので、いくら目に見えていても写真には写らないと思って、今まで再チャレンジはしないでいたんです。でも、そのときは違いました。「撮ってみたい」と何気に思って、これまた何気にスマホのシャッターを押しましたら、なんと、その光の近くに、写ったものがあったのです。それは、不思議な真珠のような輝きを持つ青白い玉だったのです。よく、強い光源をデジタルカメラで撮りますと、青い丸が写ることがあるのですけれども、それとは違う、真珠のような玉なんですね。これまたなんとなく気になってしまいまして、私が取った行動は、その写真を削除することではなくて、専門家に鑑定を依頼する、というものでした。青空に不思議な模様が浮かぶこのあたりから、結構、光や空を写真に撮るというのが好きになりまして、結構いつも空を見ていたのですねぇ。すると、この真珠以外にも、昼間の空を撮影したときに、網の目のような不思議な丸い形が写っていたんです。その画像が出てこないのですけれども、青空の真ん中にあまり大きくない丸型の網目のような、そうですねぇ、曼荼羅(マンダラ)とか、フラワーオブライフという模様のような…。これです。↓↓↓フラワーオブライフは、スピリチュアルなことにご興味を持たれた方は一度は目にされているのではないかと思うのですが、神聖幾何学模様と呼ばれている不思議な模様を指していまして、その模様の中には生命の営みに関わるさまざまな意味が隠されているとも言われています。ちょうどそんな形が空に半透明の形で浮かんでいるような写真でした。それは、肉眼でも見えていました。それを見たときには、私はまだこのような仕事をしておりませんでしたので、スピリチュアル的なことにも大して興味を持たずに、(不思議なことがあるものだな…)と眺めていたことを記憶しています。ちょっと話が逸れましたね。(毎回逸れます。(笑))180度人生が変化する、その入り口になる。マンションの中庭で光の写真を取ったら、虹色の光のエネルギーではなくて、真珠のような美しい玉が写った、そして専門家にその写真の鑑定を依頼した、というところでした。何万円かかけて霊能者に依頼したんです。今思えば、それが、ぱぱ天使さんが亡くなってから、このスピリチュアルな仕事に関わっていくことになる入り口となったのです。今でも、よく撮ったな~、と思うんです。夜の中庭の写真を撮る。何か別のものが写り込みそうじゃないですか。今でこそ、そんな写真を鑑定するようなこともありますけれども、当時はダメでしたよ。今でもあまり両方の目で見るのはあまり気分のいいものではないですので、仕事以外では、わざわざそのような写真をすすんで見ることは…ないですねぇ。仕事で鑑定するときには、二つの目で見る意識ではなくて、ちょっと違う視方をします。ですが、浄霊で霊体さんと関わるときとは違って、写真のほうがどちらかと言いますと、心持ち後ずさりするような気分ですねぇ。(笑)ですが、仕事ではしっかり視ますので、ご安心くださいね。さて、この写真を鑑定した霊能者さんからは、意外な返事が返ってきたのです。「これは、霊によるものではありません。霊障であれば、何らかのメッセージが感じられるものですが、この写真からは、何も感じられません。きっとカメラのホコリか何かで写り込んだものでしょう。」そして…、これだけではなく、この後に、私の人生が180度変化していくのに必要な、大切なメッセージが込められていたのです。*§*―――――*§*―――――*§*―――――世の中、いろんなことが起きますねぇ。本当に信じられないことが、結構起きているんです。でも、今考えますと、この一連の出来事がいかに大切なことだったか、ということがわかるのです。虹の輪が視えたことも、それがなければ写真を撮りませんでしたし、それこそ、ぱぱ天使さんとの出会いから、すべてが繋がっているのですね。いろんなことがありましたけれども、そのどれが抜け落ちていても、今の私はないんです。不思議な“必然”は、まだこの後にも起き続け・・・、その流れは今もまだ続いているのですけれども、この一連の出来事がなければ、私がスピリチュアルカウンセリングをしていることは、まずなかったでしょうし、さらにはこれまでさまざまなことを教えてくれた人たちや、セッションでご縁ができた人たちとの出会いもありませんでした。“導いていただいている”、と思うんです。そして今でも、導かれています。それは、皆さんも同じなんです。私は、日々のセッションで、クライアント様たちの大切な“人生”に触れさせていただいています。そして、その人生が、その方の未来に広がっているたくさんの運命の中で、最も良い道を選ばれるように、お伝えすべきことをお伝えする、という大切なお仕事をさせていただいていると思っています。そして、そのときに出会う“目に見えない存在たち”とのご縁もまた、大切なものです。私たちを導く高い波動の存在たちには、心からの感謝の気持ちを忘れずに、そして、つらく、苦しい感情から逃れられない存在たちの“想い”に触れ、その想いが軽くなるようにお手伝いをさせていただいています。私たち肉体を持つ人間も、肉体を脱いだ存在も変わらない悩みを持っています。大切に、丁寧に。そんな想いで、これからもこのお仕事を続けていくのではないかと思うのです。そして、ずっと変わらずにその想いを持ち続けたい、と思います。今日も最後までご覧くださり、ありがとうございます。それでは、また…!◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 17Jan
    • 第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№6 光のエネルギーが視える。~の画像

      第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№6 光のエネルギーが視える。~

      虹の輪!?ぱぱ天使さんがこの世を去って、しばらく経ったある日のこと。いつものように会社の仕事が終わり、いつものように会社を出ようとすると、突然、目の前に広がった不思議な景色が目に入りました。目の前の街灯の周りに、大きな虹の輪が出ているのです。虹の輪は、夜の光という光の周りに現れていました。それはそれは美しい光の集合体です。その光とは、あらゆる光源の周りに、薄い緑で塗りつぶされた大きな輪が見え、その外側を蛍光色の黄色と赤がくっきりと縁取っています。その黄色と赤は、キラキラと動き、きらめいて、いつまででも見ていられるほど美しく輝いています。私は一瞬、目を疑うこともせず、見入っていました。その一瞬あとに、「はっ!これはなにっ?」我に返りました。そうですよねぇ。ちょっと前までは見えていなかった、怪しげな光が、突然目に飛び込んできたんです。しかも、光という光から放射される虹色の光なんです。「何か悪い病気じゃないかしら?!」インターネットで調べると、緑内障の可能性など、さまざまなことが良くないことが書いてあります。次の日、私はすぐに眼医者さんに飛び込みました。「何か悪い病気ではないでしょうかっ!?こんな光が見えるのですっ!」あーで、こーで、かくかくしかじか…。(「かくかくしかじか」って表現、ひさびさに見ました…(笑)。)事細かに見え方を説明しますと、先生はいろんな検査をしてくれます。そして…、「どこも異常は見られませんねぇ。眼圧も、眼底も、どこもおかしくないですよ。」おかしくない…。これはいったいなんなのだろう…?見える?見えない?この光、このときには、いつも見えるわけではなかったのです。今は「視る!」と思って視ますけれども、そのときは、振り返りざまにふと見えたり、暗いところで突然現れたりしたんですねぇ。そして、面白いことに、酔っ払っていると現れませんでした。(笑)以前は、大のビール好きで、仕事が夜の10時ぐらいに終わっても、毎日必ず行きつけの飲み屋さんに行って、おじさまたちと楽しくジョッキビールを飲んで、それから帰るという、なんとも言えない(笑)毎日を過ごしておりました。おじさまたち、若い女の子には優しかったんです。(笑)若かったですねぇ…。遊んでましたねぇ…。楽しかったですねぇ…。(遠い目…)いえいえ、今も若いですよ。(笑)ビール、以前は好きだった、ということは、今は違うんです。飲めなくなりました。そして、面白いことに、突然、好きではなくなってしまったのです。ビールが、ですね。これは、また後に書きますね。で、酔っ払っていると、見えないんです。光の輪が。これが見えていることが、実は私がこのスピリチュアルカウンセラーのお仕事を続けるために大きな意味を持つことになりました。確かにそれまで見えたことのない光でした。目の前にない、“エネルギー”を、この二つの目で認識した大事な経験です。実はこれは、二つの目で見ていたのではなく、いわゆる第三の目で見ていたのですね。恐らく、このとき、私の場合、酔ったときにはこの第三の目が開きにくかったのだと思うのです。その後は酔っていても、そうでなくても関係なくなりましたけれども、これが見えていることが、ともすると、私が現実社会に意識を置いて、そこに置きっぱなしになりがちな状態を、精神世界にまた引き寄せてくれる、そんな役割をしてくれました。これがないと、すぐに現実的な性質の私は、普段の目に見えるものだけの生活に戻ってしまうのです。そちらのほうが、その頃はまだ楽でしたし、楽しかったのです。そして何より、目に見えない世界にいたくなかった、のですねぇ。美味しいものを食べて、仲間と楽しく歌っているほうが良かったのです。普通のおばさんです。(笑)光が変化する。この光の見え方は、後に変わってきます。今も同じように虹の輪を視ますけれども、その対象は、“強い光源”から、“あらゆる光”に変わりました。例えば、月の光やろうそくの光、小さなペンライトの光まで、虹の輪が現れます。そして、さらに私は、後に悪性リンパ腫という病気で突然入院して治療をすることになるのですけれども、それをきっかけに、その、虹の輪のほかに、各光源から放射状に自分のハートチャクラに向かって届く7本ほどの光の筋が現れるようになりました。この光の筋は、数えることができるほどはっきりと見ることができます。キラキラと、やはりきらめきながら自分に向かってくる光の筋ですねぇ。この、物質以外の光たちの存在が、私をスピリチュアルな世界につなぎとめていました。*§*―――――*§*―――――*§*―――――この虹の輪は、もう一つのブログにも、最初のほうで書いたのですけれども、そのときに、どうやら同じように虹の輪を見ていた人が複数いらしたようです。このときに、この記事を見る方がとても多かったのですね。このように、五感以外で見たり感じたりするのを第六感、なんて言います。直感などと言いますね。(^-^)b人の感覚というのは、私たちがアタマで考える以上の能力を持っています。その能力には、さまざまなものがありますけれども、このアタマが認識しようとしないと、そう、“あるのだ”と思わないと(信じないと)、なかなか発揮されません。この第六感については、ウィキペディアなどでは「五感以外のもので五感を超えるものを指しており、理屈では説明しがたい、鋭くものごとの本質をつかむ心の働きのこと。」などと書かれています。みんな、このエネルギーも、普通に見ることができると私は思っています。そして、それを見たから何か意味があるのか、と言いますと、その方の魂の学びに合った意味がある、とここでは書いておきますね。これは、見えるからすごい、とか、見えるから特殊だ、とかではなく、「みんなが普通に持っている能力」なのです。その能力を必要としない物質中心の生活をしているから、使っていないだけなのです。これからの時代は、どんどん世界が見えない世界を理解するようになり、これを普通のこととして捉える時代になってきます。とはいえ、その“見えないエネルギー”は、実は言葉の中にも、音楽にも、自然の中にも、私たちが五感で感じるすべてに関わるものとして、すでに存在しています。私たちが気持ちの良い想いを持ちながら、意識をそちらに向けることで、私たち自身の魂がどんどん磨かれ、霊性が向上していくにしたがって、私たちの身についてくるものだと思っています。今日もお付き合いくださり、本当にありがとうございます。それでは、また・・・!◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 27Aug
    • 第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№5 そのとき、ぱぱ天使さんが視ていたものは?~の画像

      第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№5 そのとき、ぱぱ天使さんが視ていたものは?~

      ぱぱ天使さんがこの世を去ってから、起きてきた不思議な出来事ということで書きだしたのですけれども、一つ忘れていたことがありました。前回の記事のぱぱ天使さんの四十九日の集まりから、羽根が降る、になり、これが私が現在の仕事(スピリチュアルカウンセリング)を行うことになる、つまり、この“不思議”が、私をスピリチュアルな世界につなぎとめる最初の“磁石”となったわけですが…。ぱぱ天使さんに初めて叱られる。実は、ぱぱ天使さんがご存命だった頃、私がこの仕事に就くということを知っていたかのようなことをおっしゃったことがあったことを思い出しました。もちろん、ぱぱ天使さんは私の未来を視ていらした、のですねぇ。しかも、私はそのことで初めて、ぱぱ天使さんからセッション中に叱られたのです。ビシッと。キッパリと。いつもニコニコしていらして、今思い出しても、叱られるなんてことは後にも先にもこのときだけなのですけれども、このとき、普段は見ることがなかったぱぱ天使さんの芯にある“厳しさ”を垣間見たように思いました。「これでいいのだろうか?」ぱぱ天使さんのセッションを受けるようになってから、かなり経った頃、私は自分が就いていた仕事について、「これでいいのだろうか」と疑問を感じた時期がありました。(当時、環境コンサルタント会社に勤務していまして、今も平日の昼間はそのまま勤めながら夜と土日祝日にスピリチュアルカウンセラーのお仕事を続けています。)その頃は、ほぼほぼ悩みもなくなっていましたので、質問という質問もしないようになっていたのですが、そのときは何となく気になりましたので久しぶりに質問してみたのです。ぱぱ天使さん「真弓子ちゃん、今日は何か聞きたいことはありますか?なんでも聴いてくださいねー。(ニコッ!(^-^))」私「はい、あの、今日はあります。今の仕事を続けていいのかと最近思うんです。」ぱぱ天使さん「いいですよ(^-^)」即答です。私「えっ、いいんですか?何か資格でも取ろうかと思うんですけれども…」ぱぱ天使さん「(私の言葉にかぶせるように) いりません!(ビシッ!)」私「えっ!? でも・・・、」ぱぱ天使さん「いりません!取らなくていいんです。資格など取る必要はありません。」本当に私の目を厳しくまっすぐに見て、ビシッ!と言われたので、びっくりしたのを覚えています。その厳しい表情はそのときだけで、すぐにいつものぱぱ天使さんの笑顔に戻られました。今、振り返りますと、確かに必要ありませんでした。そのときに私が取ろうと思っていたのは、ごくごく実務的な資格だったのですが、そのような資格をもし取っていたとしても、使う場面はなかったと思います。なぜなら、その2か月後、ぱぱ天使さんはこの世からいなくなり、1年としないうちに私は思いもよらないきっかけから、この仕事を始めることになったからなのです。後を継いでくれる人を探しているんですよ…。その後、いつものように楽しくお話をしたのですけれども、その中でもう一つ気になることをおっしゃっていたのです。ぱぱ天使さん「今、私の後を継いでくれる人を探しているんですけどね…。いいな、と思う人はいるのですが、なかなか現実化しないんですね~。」私「そうなんですか~、それは大変ですねぇ~。」今思いますと、なんと間の抜けた返事をしたのだろうと思います。ぱぱ天使さんは、ご自分の寿命をあとわずかだと知っていらして、後を継ぐ力のある方を探していたのですね。私は、そのとき自分が“ヒーラーになりたい”などとは一滴も思っていませんでした。もちろんその後もそんな仕事をすることになろうとは思いもしておりませんでしたので、まったく“他人事”として捉えていたのです。本当に心の入らない返事でした。私にとって、ぱぱ天使さんはいくら追っても追いつかない雲の上の方ですので、今でも後を継ぐなどと恐れ多いことは思ったこともありませんし、どなたかがきっとどこかでぱぱの志を継がれているのだろうと思っていますけれども、このときの私のセリフは、その想いを引いても、なんとも気のない、情けない言葉だったと今も反省しているのです。そうして…、ちょっと長いですね~。そんな1時間のセッションが終わり、ぱぱ天使さんはいつものように、「次の予約をとっていきますか?(^-^)」と聞きました。私はいつも、事前に次回の予約を取らずに、その時々の気分で、そろそろ疲れてきたな、パワー不足だな…という時に突然メールを送ってキャンセル待ちをして予約をとる、というケースだったのですが、なぜかこの日に限って、ぱぱ天使さんは次回の予約を、と尋ねられました。私「そうですね~、じゃ、取り敢えずお願いします。半年後ぐらいで。」ぱぱ天使さん「ちょっと長いですね~…、では、もう少し早くなるようなことがあればご連絡くださいね。(^-^)」私「はい、またよろしくお願いします!!」半年後に予約をとり、その日もいつものように、とても元気になってスキップして帰りました。まさか、それが最後になるとは思いませんでした。その2か月後、友人からのメールで彼の死を知りました。(半年後では長い、とおっしゃったのは、そういうことだったのか…。)このとき初めて、ぱぱの言った意味が分かったのです。*§*―――――*§*―――――*§*―――――*§*今、このお仕事をしていて、ぱぱ天使さんに聴きたいことが山ほどあります。いてくだされば…、いてくだされば…、そう思う経験をたくさんしてきました。今も、声をかければ守護霊さんも、ぱぱ天使さんも答えをくださる。でも、生きているぱぱに質問したかった…ですねぇ…。ですが…、もし、ぱぱ天使さんが生きていらして、私がこの仕事をしていたとしますと、きっといつもぱぱ天使さんに質問し続けていたようにも思います。それではいけませんねぇ…。ひとりだったから、成長させていただけた。ひとりだったから、今の自分がいるのですね。つらいと思う経験の中に、この人生で自分が“設計”してきた学びがたくさん詰まっています。そして、ぱぱ天使さんは、この世を去られてからではありますが、たくさんの必要なメッセージをくださり、その後に私の師匠となる方が決まるたびに、目の前に現れてくださいました。これについても、後日、書いてまいりますね。(^-^)ぱぱ天使さんが生前に伝えてくださったこと、この世を去られてから伝えてくださったメッセージが、今でも私のセッションの基本になっています。(ご縁のあるすべての皆さんの大切な人生が笑顔でいっぱいになりますように。)そんな小さな願いではありますけれども、ぱぱ天使さんの想いの灯を消さずにがんばっていきたいと思います。さて、今回は少し話が逸れました。次回からお話をもとに戻してまいりますね。今日もお付き合いくださり、本当にありがとうございます。心から感謝いたします。それではまた・・・!林真弓子◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 24Jul
    • 第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№4 天使の羽根が現れる意味は・・・?~の画像

      第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№4 天使の羽根が現れる意味は・・・?~

      天使の羽根が降ったお話を聴いたり、さまざまな不思議なお話を聴いたり、そのときの私には、“目に見えないこと”が“目に見えている”人たちがいる、という現実を目の当たりにしたわけですけれども、実はその後、自分にも天使の羽根が現れ始める、という経験をすることになりました。どんなふうに羽根が現れたかといいますと・・・、2012年、この年の冬至に惑星地球がアセンションを迎え、地球のエネルギー領域は、それまでの3次元から5次元へと広がりました。その後、2013年が始まって少し経った冬の朝のこと、いつものように起きてリビングを過ぎ、顔を洗って、歯磨きをして、リビングに戻ってきたときのこと・・・、床の上に白い4センチほどの羽根が落ちているのに気が付いたのです。「あれ?羽根・・・?こんなところに・・・?さっきはなかったよね・・・?」我が家のリビングの床は、濃いブラウンで、白い色がとても目立ちます。「“わたぼこり”・・・じゃないよね・・・?」あり得ます。(笑)家族が生活していると、すぐ現れる“わたぼこり”。ちょっと掃除をしないと、大変なことになります。以前、娘が飼っているイモリちゃんが水槽から脱走して、廊下の端で“わたぼこりちゃん”を身体に付けて一生懸命歩いているのを見つけたことがあります。(笑)そのときは、まるで、“わたぼこり”が塊で歩いているみたいでした。・・・・・・しょうもないことを想い出しました。(笑)さて、話を戻しまして・・・この羽根を見たとき、このころはまだ、老眼が入ってきていませんでしたので、ちょっと目を凝らせば“わたぼこり”とは違うということはわかります。(今は、いっぱい離れて目を凝らさないと見えません。ええ、近づいたらいけないんです。全然見えないんです。(笑))冬でしたので、ダウンの羽根かもと思い、手持ちのダウンの羽根を何本か抜いてみたのですが、その大きさも質感も全く違います。(天使の羽根!?)と、すぐに思いました。一度でしたらまだ、(いや、気のせいかも・・・)と思ったのですけれども、ここから毎日のように続いて現れるのですねぇ・・・。その現れ方はさまざまでしたが、どれも、私をスピリチュアルな出来事に向けさせるだけのインパクトのあるものでした。私はそのときも今(2020年)も、平日はフルタイムで環境関係のコンサルタント会社で勤務しているのですが、ある朝、会社の自分の机に向かおうと椅子に手をかけると、そこに5センチほどもある、それでいて柔らかな真っ白な羽根が椅子の背に付いています。どこかから飛んできてくっついたのかな、と指で取ろうと思って端をつまんでみると、椅子の背の繊維に刺さるように入っていて、なかなか取れません。(また羽根が・・・)それが2日ほど続きました。椅子の背に付いているのですね。しかも刺さってる。誰かが何かで刺したとも思えませんし、ただただ不思議に思っていますと・・・、その次の朝には、お化粧をしようと鏡の前に立つと、自分の脇のあたりにまた、一枚付いています。(ええっ!?)次の日も、また次の日も。今日は右の脇腹に、次の日には背中に近い場所に。その間にも、リビングの床の羽根は落ちています。その頃、その羽根の一部を写真に撮っていたので、ご覧いただきますと・・・、こんな感じです。(もう8年前になりますので、当時のオリジナル画像が手元になく、当時のブログに掲載していたものですので、ちょっと小さいサイズになります。見づらいですけれどもご容赦くださいませ。)小さいものから大きいものまでいろいろですねぇ。ぱぱ天使さんの四十九日の集まりの際に、皆さんから羽根の話をうかがった、そのすぐ後に起きたことでしたけれども、このタイミングで起きたのもまた、護りの存在たちが私に、これからの未来に必要なメッセージを与えてくれていたものだったです。*§*―――――*§*―――――*§*―――――羽根が降る、その意味は・・・。私の場合、この《羽根が降る》ということは、皆さんから聴いた同様の現象とのつながりから、《私の意識を目に見えない世界にシフトさせる》という意味がありました。ごくごく現実的な感性で生きてきた私にとって、例えばぱぱ天使さんの四十九日に集まった皆さんの話だけでは(そうなんだ、不思議なこともあるものだな)で終わってしまったと思うのです。しかし、このタイミングで、これだけ続けて“羽根”に関わる出来事が起きてきたということが、私自身の意識をスピリチュアルな視点にシフトさせるのに十分なきっかけとなったのです。“天使の羽根”と言いますけれども、実際には“何かの羽根”だと私は思っています。(笑)なぜなら、天使にはそもそも物理的な羽根はないから、なんですね。確かに、目の前で突然現れていますので、通常の出方ではないのですが、“天使の羽根”ということが周りの皆さんの口から出てきて、私の想いの中で(私も見たい)という気持ちが沸き、そこに何かの羽根が降ることによって、私の中では天使と羽根がつながります。私自身が“不思議”を感じることに意味があったのです。天使の羽根かどうか、が問題ではなく、その羽根が現れることによって起きたこと、感じたことが大事なのです。そしてこの“不思議”は、この世にいっぱい存在していて、いつも起きているのだということを頭ではなく体験として認識することは、後に仕事として深く精神世界に関わるようになった私が、“不思議と思われる出来事は常にそこここで起き、必然であり、それまで現実と認識していたことこそが幻である”という、スピリチュアルの基本的な(それなのにとっても難しい)概念を理解するために大きな助けとなったのです。あなたのもとにも羽根が降るかもしれません。それは、あなたにとって必要なメッセージとして現れているのですねぇ。その意味はさまざまですけれども、その出来事をどう捉えるかがこれからのあなたの未来に大きく関わってきます。もし、このような経験をされたら、《私の魂が輝くために必要な、素敵なメッセージなのかもしれない。》是非、こんなふうに思ってみてくださいね。その意味は後でわかります。ですから、まずは、それが綺麗なものだったら、思いっきり《キレイ》を感じて、《良い気分》になっちゃってください。それがあなたの波動を上げ、高次の存在のメッセージを受け取り、順調に《その人生で一番の幸せ》に向かうきっかけになっていきますよ。今日も最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございます。心より感謝いたします。それではまた・・・!◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 10Jul
    • 第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№3 天使の羽根が降る。~の画像

      第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№3 天使の羽根が降る。~

       ぱぱ天使さんに話しかけたり、メッセージを受け取ったり……。周りから見たら、おそらくかなりアヤシイ感じに映っていたのではないかと思うのです。目線が定まっていなかったり、たま~にニヤついたり、呟いたり。 こうやって改めて書いてみると、やっぱりアヤシイと思います。(笑)森永(Morinaga)天使ちゃん さて、そんなこんなでぱぱ天使さんがいなくなって一か月が過ぎた頃、ぱぱ天使さんのクライアントさんたちのうち、おそらく近くに住んでいらっしゃる方々だと思うのですが、四十九日に集まりましょう、というお声を掛けていただきまして、出席することになりました。“ぱぱをしのぶ会”ですね~。 そのときの話題はと言いますと…、“ぱぱ”がいつもちっちゃな天使ちゃんの姿を見ていたとか、その周りにその天使ちゃんたちが飛んでいたのだという話や、クライアントさんの中にも“ぱぱ”の周りをピヨピヨ飛んでいる天使ちゃんたちを見た人がいるという、それはそれは不思議な話のオンパレードでした。 それがまた「私も見た」「私も」「私も見たよ」と、何人もの方が言うのです。 それだけでなく、どなたかがおっしゃるには、お部屋に掛けてあった額に、ぱぱ天使さんからいただいた小さな天使ちゃんの紙の抜型を飾ってあったらしいのですが、その位置が目の前で場所を変えたとか…。 それまで違う場所に入っていた紙の天使ちゃんが目の前で違う場所に移動したということなのです。 この天使の形の紙の抜型は、ぱぱ天使さんがセッションのときに名前やセッションのポイントなどを書くのに使用するB5サイズほどの用紙がありまして、セッションの最後にいつも天使のちっちゃい抜型を使って、その紙を天使の型枠で何枚も抜いて、ちっちゃい紙の天使ちゃんにパワーを入れて私たちにプレゼントしてくれたものなのです。 それを飾って置いていたものが、目の前で場所を変えた、というのですね。 超現実的に生きてきた私にとって、それは、異次元の世界のことのように感じました。 そして面白いのは、“ぱぱ”は、その天使ちゃんたちのことを《森永天使ちゃん》と呼んでいたというのです。 なんて可愛い…。 今回も、“ぱぱ”の名誉のために書きますけれども、“ぱぱ”は、普通のスーツ姿の普通の楽しいおじさまでした。ただ、とってもパワーがあって、とてつもなく面白いのです。天使の羽根が降ったという・・・・・・。 また、クライアントさんの中で、ありえないシチュエーションで、「天使の羽根が降るのを体験したことがある」という話を何人かの方から聞きました。 ありえないシチュエーションで、というのは、例えば、室内で羽根が降る要素がどこにもない状況で、上から羽根が現れて降ってきた、というものです。 これは後に、私がぱぱ天使さんを紹介した友人から聞いた話なのですが、ぱぱ天使さんのセッションを受けてから、なんと、車の中で羽根が降ってきた、という方もいらっしゃいました。その話を聴いたとき、どこから現れるのか、不思議でしかたなかったのを覚えています。さて、そのようなお話を聴いている間中、単純な私は、「私にも天使の羽根が降ったらいいな~」などと呑気に思っていたんです。テーブルが震える??? そのとき、「ブーッ、ブーッ」 テーブルの上で軽く組んだ私の手に、スマホのバイブレーションのようなかすかな振動を感じました。(あれ? 誰か、電話が鳴っているみたい。) 少し振動を感じて、すぐに止まったので、また皆さんのお話に意識を戻すと、またブルブルするのです。(なんだろう?)周りを見回すと、(あれ?誰のスマホもテーブルの上にないぞ?) キョロキョロしていますのでねぇ・・・。挙動不審ですねぇ・・・。(笑)「あの・・・、どなたか電話が鳴っていませんでしたか?」 皆さんは、そのとき、やはりスマホをテーブルには置いていなかったのですね。もちろん私も。皆さんはそろって首を横に振ります。(あー、初対面の人たちの中で、私だけ変な人になったかも・・・。恥ずかしいわ・・・。)なんて思いつつ・・・(笑)。 その後にも、同じようにかすかに震えるのを感じるのですが、そのとき私は、(きっとぱぱが、あんまりみんなが楽しそうなので、「よく来ましたねー!」とか、「そうなんです!」とか合いの手を打ってくださっているのだろう。)なんて考えることにいたしました。 これについては、後にやっぱり“ぱぱ”のサインだった、ということなのですけれども、実はこの世はそんなことばかりなのですね。 これからまだまだ起きてくる“不思議たち”は、目に見えることばかり信じようとする物分かりの悪い私が、“目に見えないこと”を信じさせてもらうのに、十分な経験となったのです。*§*―――――*§*―――――*§*―――――そもそも霊的な私たち。 不思議、と思えば不思議ですが、そもそも霊的な存在である私たちが何かをキャッチすることがあっても、まったく不思議ではなく、そのメッセージはすべて“必然”なのだということを、私はこのときから何年もかけてやっと、心の奥に留めることになるのです。 私たちは肉体という着ぐるみを着た、霊、なんですねぇ。 霊的な感性を持っていて、それは当たり前のことだったはずなのですけれども、物質的に豊かになりすぎた今の三次元の世界で、そんなことに意識を向ける必要がなくなって、ほぼほぼ、すっぽりと忘れている、そんなことなのです。 よく、「こんな能力がある」とか、「霊的な感性が鋭い」とか、「何かと繋がる、チャネリングする、特別な能力で読む」などと言いますけれども、その鋭さや、今世で決めてきた役目によって発揮するために、そのパワーの違いはあるにしても、そもそもみんなが持っているものなのですね。なぜなら、私たちみんなが霊的だから、なんです。 今日も訪れてくださり、本当にありがとうございます。 心より感謝いたします。 それではまた・・・!◆【7/24開催!癒しフェアin池田山】霊視によるスピリチュアリティカウンセリングのご案内はこちらから◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 02Jul
    • 第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№2 “声”が聴こえる。~の画像

      第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№2 “声”が聴こえる。~

      このときから、私の身の回りで何かが起こり始めていました。  いえ、本当は、この人生のすべてが私たちの魂が設計してきたとおりに、順調に“導かれ”ています。ですから、この“何かが起こる”ということも、おそらく“順調”だったのだと、今は思います。 前回は、ぱぱ天使さんの気配がした。ということでした。 そして、声が聴こえた。今日はそんなお話です。 前回、人やなんらかの存在の“気配”について書きましたけれども、その気配というものに意識を向け始めたのも、今から振り返りますと必然だったのだと思うのです。 ぱぱ天使さんはいなくなっていない。 そう思うことが、私にとって目に見えない存在を信じるという、そのはじまりになったのですね。ふと、話しかけてみようかと…。 さて、ぱぱ天使さんがいるような気がする、という何の根拠もない不思議な感覚を信じるようになってから、ある日、私はふと、ぱぱ天使さんに話しかけたくなったのですね。先日も書きましたけれども、私自身、とてもとても現実的な人間なのに、です。(笑)冷静に考えますと、「何やってるんだろう?」と思う、そんな一見“おかしなこと”にも思えることをしてみようと思ったのです。 会社に向かう電車の中でした。 ふと、話しかけてみようかな、と思い、声にならない声で聴いてみたのです。(ぱぱ、今どこにいるのですか?)すると、次の瞬間に声が入ってきたのです。(近くにいますよ。すぐそばです。)「えっ!?今のはなにっ!?」 突然、聴こえた声…といいますか、入ってきた“声のようなもの”、ですねぇ。 入ってきた、というのは、耳から聴いた声ではない、ということですね。 これが、私が初めて、生身の人間以外の存在と話した初めての経験となりました。 その声のようなもの、は、次の瞬間に、ぱぱ天使さんだとすぐにわかりました。(真弓子ちゃん、いつでも呼んでくださいね。ピューッ!と来ますからね。ピューッ!と。)とっても特徴的な、その“口調”で。(笑)(私はこれからどうなるのでしょうか。)(真弓子ちゃん、魂は死にません。これからいろいろあると思いますが、たくさんのことを学んで、癒して、がんばってくださいね。) 誰を癒すのか、自分なのか、他人なのか、何を学ぶのか、そんな細かい説明はありません。ですが、「魂は死なない」というこの宇宙の基本をひとつ教えていただいたのです。 これは、これからスピリチュアルについてどんどん深く入っていく私の経験の中で、 “現実的な”考えの私が知る必要のあった最も大切なことだったのかもしれません。亡くなった方の声を聴く。 亡くなった方の声を聴く、話す、メッセージを受け取る、ということは、今は仕事がら結構あるのですけれども、これは、今思えば、ぱぱ天使さんの声を聴こうとしたときから始まっていたのだと思います。 何かと繋がろうと思うとき、その繋がりたい対象に“意識”を向ける、ということがまず大事なことなのですけれども、そのときに何より大切なことは、自分の想いのエネルギーの波動が高いこと、です。 そして、自分の波動が高いときには、同じように高い波動の存在と繋がりやすくなります。高い波動の存在というのは、守護霊さんや天使さんなど、自分を護るさまざまな高次の存在たちや、自分の周波数と合った人、一緒にいて気持ちの良い人などです。 この、自分の波動に合った存在とつながるということが起きるとき、“波長の法則”という宇宙の法則が作用しています。 私が亡くなった方の声を聴くとき、2つのケースがあります。ひとつは、セッションやお葬式に伺ったとき、エネルギーの独特な感覚が伝わって、声や文字で知らせてくれます。 お葬式に伺ったときにはその姿を見たり、気配がすることがありますけれども、そんなときには意識を開いて、(ご家族などに何か伝えたいことがあれば、おっしゃってくださいね。)と語りかけてみます。 すると、その方の伝え方で教えてくださることが多いのです。 もうひとつのケースは、もうすでに亡くなられた方で、何らかの執着があってこの世から離れられずに人に憑依している霊体さんに出会ったとき。私自身がつながろうとするのはセッションのときが多いのですが、そのようなときは浄霊するという“ご縁”だと思って、まずは私のほうに移っていただいて、仲良しになるつもりで徹底的にお話をし始めます。 ところで、除霊って聞いたことがあると思うんです。 あれ?浄霊?と思われませんでしたか? 除霊というのは、憑依されている方から離れていただくことを指します。 そして、浄霊というのは、離れるだけでなく、この世から成仏していただくまでを指します。 除霊の場合、成仏していただくのではなく、離れるだけですので、また波長の合う人がいれば、そちらにくっついてしまうのですね。ですので、その間にその方の波長が変わればいいのですが、そうでない場合には、何度でも同じことを繰り返すことになるのです。とはいえ、自分の想いの波動がとても低い、ということがなければなんということはないですので、ご安心くださいね。 憑依は、自分の想いの波動が下がっているよ、というサインです。 ちょっとおかしいな、と思ったら、まず最初に“大笑い”してみましょうか。それだけで外れるものなのですねぇ。 私は、最初から「浄霊する」ことを教えられましたので、ご縁のあった霊体さんは、すべて心を込めて浄霊をさせていただいています。  幸せな気持ちで光の世界に還っていただくために。 おっとっと…、ちょっとアヤシイお話になりました。(笑) どんどんアヤシクなりそうですので、今日はここまでにいたしますね。(^-^)*§*―――――*§*―――――*§*―――――*§*誰かに意識を向けるとき大切な方、生きている方も、この世から還られた方でも、そのお相手に意識を向けるときは、できるだけ自分の想いの波長が高いときにしたいものです。安心、安全のためにも。そして、自分もお相手も良い気分になれるように。(^-^)波長の高いときとは、自分が笑顔でいられるとき。嬉しいとき、楽しいとき、感謝の想いを持っているときなどです。ぱぱ天使さんの声は、生きていらしたときとおんなじ、とっても楽しくて愉快な声でした。その後も、新たな師匠につくたびに、ぱぱ天使さんはご挨拶に来てくださったのです。そんなお話も、またいたしますね。 今日も訪れてくださり、本当にありがとうございます。 心より感謝いたします。◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 19Jun
    • 第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№1 “不思議”のはじまり~の画像

      第2章 別れ、そして新たな未来(道)へ~№1 “不思議”のはじまり~

       ぱぱ天使さんがこの世を去ったのは、ぱぱ天使さんが60歳のときでした。 彼は、セッションとセッションの合間に突然倒れてそのまま光の世界に還ったのです。 これは後に、他のクライアントの方とお話をしたときに聞いた話ですが、ぱぱ天使さんは、自分の寿命が60歳だということを知っていらした、ということです。 「僕は、60歳で死ぬと思うんです。」 とおっしゃっていたというのです。 そして、そのとおりに60歳で還られました。 私はセッションのときに、彼自身のことはほとんど聞くことがなかったのですが、後に何人かの方から同じお話を伺ったことを覚えています。 私は、8年間もぱぱ天使さんのクライアントとして通っていながら、セッションのたびに真面目な話はあまりしなかったのです。仕事の話などは相談として話すこともありましたけれども、それ以外は、ただとんでもなく楽しいお話をして、エネルギー調整をしていただいていた、思い出すとそんなことだったように思うのです。 普段からあまり人の性格、生活について聞かず、いえ、特に興味を持たないといいますか…聞こうとしていないといいましょうか…(笑)。このようなお仕事をしているにも関わらず、普段はそんな感じです。ですので、昔からかなり周辺のことには疎い人間で、今も変わらずに、何か周りの出来事については人から伝わってくる、なんてことが多いのですねぇ。 自分の寿命を知っていた。 ぱぱ天使さんは、どのようにそれを自分の中で受けとめたのか、そんなことを考えます。 それを視てしまわれたのか、視ようと思われたのか、知った苦しみもあるのではないかと、私自身も同じような経験をしたことがありまして、ふと考えることがあるのです。  さて、私がぱぱ天使さんの死を知ったのは、最初の記事に書いたように、友人からのLineのメッセージでした。『第1章 ぱぱ天使さんとの出会いと学び~№1 あのときすでに導かれていた~』 (ピコン!) 気持ちの良い青空が広がる冬の午後、いつものように“さだまさし”さんの歌を口ずさみながら自転車に乗っていたとき、LINEのメッセージが入ったこ…ameblo.jp ぱぱ天使さんのことを知らせる連絡は、事務所の方がセッションの予約状況を見て、その後のセッションが迫っている方から順にされたとのことで、セッションができなくなったという内容で伝えられたそうです。 ぱぱ天使さんとの私のセッションは、すでに1か月ほど前に終わっていましたので、近々に連絡の必要がなかったのですね。私自身は、セッションを何週間か後に控えた友人からの連絡を受けて知ることになった、ということなのです。 お葬式には間に合いませんでしたので、友人と日程を合わせて、後日、ぱぱ天使さんのサロンに伺うことにしました。 実は、ひとつ不思議に思うことがありました。友人から連絡を受けたときもそうなのですが、ぱぱ天使さんのサロンに到着して、その場にいても、どういうわけかぱぱ天使さんがいなくなったように思えないのです。 そこに…、いるような…。 亡くなったという気がどうしてもしないのです。 写真を見ても、お線香をあげても、ぱぱ天使さんの上着に触れても、その机の前に座っても、事務所の方とお話しをしても。 とても不思議な感覚でした。隣で友人は涙を見せているのに、なぜか自分は泣けないのです。自分がその場にいるのに、まるで別の部屋にいるような、透明な仕切りが自分の周りを覆っていて、確かにそこに見えているのに友人や事務所の方と一緒にいないような感じ、手を伸ばして触れても、触れることができていないような感じです。 このとき、自分の中のもう一人の常識的な自分が、「なんと自分は冷たい人間なのだろう、なんと不謹慎なのだろう」と考えていたことを記憶しています。 このとき、もしかすると他の方もそう感じていたのではないかと思うのですけれども、気配を感じるといいますか…、それでいて怖いとかそのようなことではないのです。感覚的には、生きている、ということに近いと思います。うまく説明できないものですねぇ…。 とはいえ私自身、極めて現実的な人間だと思っていますので、オカルトのようなことは好きではないのですねぇ。すでに他界された方がここに“いるような…”という、その“感覚”を認めたくなかったのです。ですので、このとき強制的に、“お葬式に伺っていないからだ。だから実感できないのだ。”ということで自分を納得させたのです。だって…、誰にも言えないじゃないですか…。こんなアヤシイこと…。このとき私はまだ、これが自分に起こる“不思議のはじまり”だとは、まったく考えもしていませんでした。*§*―――――*§*―――――*§*―――――気配を感じる、つながる。 気配を感じる、って、ありませんか? いえ、怖い話ではなく、人間の能力として普通にあるものです。 まず、人の気配は感じますねぇ。普通に。 後ろに誰かが立っているとき、あ、いるな、と思いますものねぇ。 それから、誰かが自分を見ているときも、わかりますよねぇ。 これは、生きている存在でも、生きていない存在でも、その意識の向け方で感じたり感じなかったりするのです。私たちはそもそも霊的な存在なのですね。 好きな人に意識を向けると、その意識の波動はお相手に向かいます。 そのときに、お相手の意識がこちらを向いていると、そのときの心の状態や魂の関係性などによってつながりやすくなることがあります。 私はぱぱ天使さんの事務所に伺ったとき、“どうして、いないと思えないのだろう”と、知らないうちに、この方の魂に意識を思いっきり向けていたのです。 どうして?と、頭で考えるのではなくて、全力でぱぱ天使さんの魂に意識を向けて、気配を探っていたのだと思います。 このとき、知らず知らずのうちに、今の私がやっているようなことをしていたのですね。振り返るといろんなことが見えてきますねぇ。 これまで生きてきた経験をひとつずつ遡ってみると、あなたにもさまざまな“必然”が見えてくると思うのです。私たちは、みんな導かれています。そして、ひとつとして偶然はなくて、すべてが“今の自分”をつくっています。それが必要なことだったのです。 今日も訪れてくださり、本当にありがとうございます。 心より感謝いたします。 林 真弓子◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 11Jun
    • 第1章 ぱぱ天使さんとの出会いと学び~№5 “ちょんぎれたDNAをつなげる”、を経験する。~の画像

      第1章 ぱぱ天使さんとの出会いと学び~№5 “ちょんぎれたDNAをつなげる”、を経験する。~

      前回のお話の中に、ぱぱ天使さんが「エネルギーを調整してくれる」ということがありました。 カウンセリングとヒーリングで本来の自分(身体と心)が求めている状態に戻す、ということですね。それにしても、この方のセッションは、身体と心の両方が明らかに、とても元気になるのですねぇ。 セッションに伺うときは背中が丸くなって、元気がなくて、悲しかったり悔しかったりして目線が足元に落ちているようでも、不思議と帰るときには、身体の中心から力が湧いてきて、目線も上がり、楽しい気分になっているのです。思わず本当に、冗談ではなく、大の大人がスキップしているのです。(笑) エネルギーを調整するというのは、こういうことなんだ。 ぱぱ天使さんがこれを口にして教えてくれたのではないのですが、不思議な、目に見えないエネルギーが身体から出ていて、そのエネルギーを調整したり、ぱぱ天使さんの場合はDNAに働きかけたり、といった、今で言う“ヒーリング”ですね。こんなことがあるのだということを身体と心で感じ、それが知らず知らずのうちに自然と私の中に定着していったのです。そう、目に見えないエネルギーが誰からも放射されていて、このエネルギーを調整することで人は元気になる。そして、小さい頃から興味シンシンだった、このエネルギーの存在も、それを調整する能力も、人間である私たち誰にでも備わっている“普通”の能力なのだと思える、そしてそれを信じるきっかけとなったのです。 この後、ぱぱ天使さんがこの世を去られてから、“なんとなく”思い立ち、私はこのエネルギーについて体系的に学ぶことになりますが、生まれてからの経験がすべて、そのときのために必要だったと知りました。 学ぼうと思ったとき、初めて知識としてインプットしたエネルギーについての情報が、小さい頃からの興味、経験とつながったのですね。 「学ぼうかな」と思ったとき、ここからびっくりするほどの速度でさまざまな奇跡のような“必然”が起きました。その内容は後で書いていきますけれども、それは、目を向けた場所、手に取った書籍、人とのご縁、人が私に伝えた言葉、想いの変化、身体で感じるエネルギー、さまざまな存在の気配、声など、そのときの私が知るべきこと、学びに必要なことが自分の意思に関わらず流れるように起き、まるで決まっているかのように導かれていく、そのような経験だったのです。言葉のパワー さて、ぱぱ天使さんがこの“エネルギー”ということについて私たちクライアントに教えてくれたことがもう一つあります。 それは、言葉のパワーについて。 今でこそ、言霊(ことだま)と言われるように、人が発する言葉にはパワーがあるということを多くの人が知る時代となりましたが、その頃にはまだまだオカルトのように受け取られるのが普通でした。 そんな時代にぱぱ天使さんは、すでにこの“言葉”について、私たちが生きていく上で非常に大切なものであると何度も何度も教えてくれていたのです。それが、クライアントさんたちや私にも伝えてくださっていた、「笑う、褒める、良い言葉」という言葉だったのですね。 ぱぱ天使さんは言いました。 「良い言葉を使うと、良いことが起きますよ。」 「言葉にはパワーがあるのです。」 「辛いときには、“楽しい!”と100回言いましょう。そんな気になれなくてもいいんです。言ってくださいね。」 私は、この言葉を何度も何度も聴いたのです。 そして、この“おまじない”のようなフレーズは、これを心深くに刻んで、ひとつひとつ実践した私を変え、私の周りで起きる出来事を変えていきました。 この、自分が変わる、出来事が変わる、という経験が、これまた知らないうちに私の“価値観”を変化させ、さまざまな“エネルギー”が人に、そして人の人生にどのように影響していくのかということを見せてくれたのです。 また、ぱぱ天使さんは、クライアントと話しながら、ヒーリングをしながらプチプチと傷ついて“ちょんぎれた”(笑)DNAをつないでくれ、たった1時間の間に元気一杯の状態に戻してくれたのですね。 “ちょんぎれたDNA”って、よくおっしゃっていました(笑)。イメージできますか?私たちの身体の中のDNAが、生活やストレス、人生の問題集を解くときにいろんな想いをすることでプチプチと切れて私たちの免疫力を下げてしまっている状態です。ぱぱ天使さんは、このDNAの状態を視て、つないでくれていたのです。 さて、次回からは、このぱぱ天使さんとの突然の“別れ”にお話を戻して、ここから始まる“不思議”が私に与えたことについて少しずつ書いていきますね。 *§*―――――*§*―――――*§*―――――エネルギー、ヒーリングについて 私はよく、セミナーなどでお話をさせていただく際に、「私たちはそもそも霊的な存在です」なんてお伝えするのですけれども、このエネルギーのお話をするときに、例えば私たちの身体から放射され続けているエネルギー(これを私は“想いのエネルギー”なんて呼んでいます。)は、みんなが普通に持っていて、そのエネルギーを調整することも普通にできるとお伝えしています。 ですが、自分でいつもこれをするのも大変ですので、これを仕事として行う人も必要なのでしょうねぇ。能力的には誰でもできますけれども、これをお仕事として誰かに行うとなると、他の仕事にもあるように、向く、向かないというのはあります。それには、今世の役目とともに、魂の学びのテーマ、そしてどのような心、想いを持っているか、ということが大きく関わってきます。 ヒーリングということでは、自分のエネルギーで自分や誰かを癒すこともできますが、例えば宇宙のエネルギーを自分の肉体という“パイプ”を通すことで対象となる人や物などを癒すということもできます。有名なもので“レイキ”などがありますね。そして世の中には本当にたくさんのヒーリングの手法がありますけれども、この基本となる部分はみんな同じなのだと私は考えています。 私がスピリチュアルカウンセラーとして活動を始めてから、自分が最初に行うことになったカウンセリング、ヒーリングのほかに、いくつものヒーリングに出会い、体験し、学んできた結果として見えてきたものがあります。それは、私たちの放射する想いのエネルギーやこの世、宇宙を構成するすべてから放射されるエネルギーは、単に調整したり、受け取ったり、入れたりするだけのものではないということでした。 身体、心を癒すヒーリングは、確かに私たちが生きるための助けにはなりますけれども、このヒーリングによって誰かが笑顔になることで、その人の人生が変化していく、その人のエネルギーが放射され、また誰かや何かのエネルギーを受け取って、経験して変化していく、その小さな変化が世界を少しずつ変えていくということなのです。 広くはこの宇宙の“すべて”のエネルギーということになりますが、そのすべてはとてもシンプルで、私たちがこの世に何度も転生してくる意味や、私たちの魂が今世で何をテーマとして生きているのか、その過去世からの流れはどうなっているのか、これからどのようになっていくのか、本当は過去も未来もないのですけれども、敢えてこの世の時間の流れということを基準にしてみますとこんな書き方になりますねぇ。 そしてこの“世界”は何を学び、その結果どうなっていくのか、ということにまでつながっていくということなのです。 ちっちゃな私たちが、この世でちっちゃく生きています。(笑) ですが、このちっちゃな私たちの“想い”は、私たちの魂の光を育てて世界に放射されていきます。 このエネルギーは、私たちだけのものではないのです。 生きているといろいろありますね。大きくがんばらなくていいんです。もし、できるかな、と思えたら、自分のために笑顔をつくって少しずつ、一歩ずつ、このちゃっちゃな光を磨いてみましょうか。 明日が、今よりずっと素敵に輝いてきますよ。今日も訪れてくださり、本当にありがとうございます。心より感謝いたします。林 真弓子◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 07Jun
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      第1章 ぱぱ天使さんとの出会いと学び~№4 今世の役割は?~

      今世での役割は?家庭問題について、スピリチュアル的には結構大きなことをサラリと答えた後、ぱぱ天使さんが続けて言いました。「ほかに何かありますか?ニコッ!」「は、はい…。」少し考えて、私の口から出てきた質問は、「私の今世での役割は何でしょうか?」この世で、こんな自分にできることは何なのか、何のために生まれてきたのだろう…?そんなふうに常に考えるようになり始めた時期でした。お芝居や銀行員や環境に関わる仕事など、いくつか経験してきたなかで、自分が思いっきり自分らしく輝ける場所はどこなんだろうと、なんとなくモヤモヤした気持ちでいたのです。今、私もセッションでこのご質問をいただくことがたびたびありますけれども、いつもこのときの自分の想いがよみがえってきまして、毎回嬉しい気持ちでお伝えしているのです。“今世での役割は?”そんな漠然とした質問の答えとして返ってきたのは、自分の予想していたものとまったく違っていました。「真弓子ちゃん、あなたは、愛と癒しの人なんですよ❤」ハートが付くんです。おじさまなのですけれどねぇ…。あっ、ぱぱ天使さんの名誉のためにも付け加えますが、ちゃんとしたスーツ姿の素敵な“おじさま”です。このハートは、“愛(思いやり)”なのです。(えっ?! 愛と癒し…?)「愛と癒しですか〜(@_@)。それで、私は‥何をすればいいのでしょう!?(・_・;?」「今はそのままでいいんです。そこにいるだけで、周りの人に癒しを与えているのです❤もし、何かしたかったら、あなたの手から、愛情パワーがたくさん出ていますから、料理もいいですし、あとは、声を使ったことで、例えば歌などでもいいですよ!」「そうなんですね!でも、料理、決して得意ではないですよ〜。むしろ、苦手な方です〜(T ^ T)」「大丈夫!あなたの手から溢れる愛情パワーが、普通の料理も美味しくしちゃうんです❤」料理は、いつも家族のために作っている、というか、作らざるを得ない、という感じでしたが、そもそもズボラな私には、とても人様に積極的にお出しできるような料理の腕はありません。あ、でも、歌うのは好きだわ〜。これならできるかも!だがしかし!それには大きな壁がありました。私は、お芝居をしたり、歌を歌ったりといったことが小さい頃から大好きで、学生の頃や大人になってからもそういったことに首を突っ込んでいたのですが、なんと、とんでもない上がり症なんですね‥。所属していた劇団がミュージカルをやっていましたので、メイクをして衣装を着て、役になればこそできたことも、素の状態で人前で歌うなんて…。高所恐怖症ちなみに、このとき質問したことに、前世について、なんてこともあったのです。今でこそ、セッションでご相談者の方の過去世をお伝えすることは頻繁にありますけれども、このときは何しろ初めてでしたので、興味津々だったんです。なかなか面白かったですよ~。江戸時代にどこかで芸妓のようなことをしていて、そこで歌ったり踊ったりしていた、とか、もっと後にはとび職に就いていて、2階の屋根の上から落ちて命を落としていたりとか…。実は、このとき、ぱぱ天使さんは私と一緒にその場に同僚としていらしたのだそうで…。私が落ちたのを見たと言います。「私、そのとき、死んだのですか?」「はい、死にました。(^-^)」「た…助けてくれなかったのですか?」「間に合わなかったんですねー。あ…落ちた…と…、」ひぇー!そのせいだったのです。私が2階以上の高さから見下ろすだけでゾーッ!とするほどの高所恐怖症だったのは…!どうして2階なんて低い場所でもダメなのか、本当に不思議だったのです。このとき、「そうかー、そうだったんだー」と、妙に納得した自分がおりました。(笑)さきほど触れましたけれども、今、セッションでこの“前世(過去世)や未来”について探っていってお伝えすることは結構あるのですけれども、これがどう使えるかといいますと、ご相談いただいているお悩みが現れている原因を探る参考となったり、その解決方法の糸口となったりすることが多いのですね。そしてもちろん、面白い過去世を経験されていることもありますので、一緒に楽しむこともしばしば…なんです。(笑)毎回伝えられた二つのフレーズそして、この後も、何か月かに一回、私の想いの波動が落ちてきて、エネルギーのバランスが崩れてくるわけなのですねぇ。なんとなく不調になったり、心がふらふらとしてきます。そのたびに、そんなとりとめもないようでいて、結構お下品な話題で(笑)いっぱい笑って、その中に人生で必要なエッセンスがたくさん散りばめられている、そんなセッションを受け、エネルギー調整をしていただいて、帰り道は元気にスキップして帰るという(笑)、不思議なプラスパワーがいただけてお会いすることがワクワクするような素敵な時間でした。そして、ぱぱ天使さんは、お会いするたびに、毎回、私に言ったのです。「いいですか、あなたは、“愛と癒しの人”なんですよ。忘れないでくださいね。そしていつも、“笑う、褒める、良い言葉”ですよ。」この二つのフレーズは、私にとても大きな影響を与えました。これが今、私が行うセッションの根幹となる大切なポイントのひとつになっています。*§*―――――*§*―――――*§*―――――※こちら↓は本文の内容に合わせて前回のコメントに加筆して掲載しています。 それに伴いまして、前回の記事の掲載内容も変更になっています。 よろしければ覗いてみてくださいね。(^-^)ぱぱ天使さんがおっしゃっていた、「笑う、褒める、良い言葉」。これは、私にとって最も大切なバイブルとも言える言葉です。ぱぱ天使さんのクライアントさんたちは、漏れなく聴いたフレーズだと思います。それほど大切なんですねぇ。ぱぱ天使さんは、私に毎回、「忘れないでくださいね」と言って伝えてくださっただけだったように思うのですが、スピリチュアルカウンセラーのお仕事を始めた頃に、この言葉の本当の意味がひらめくようにスッと入ってきたのを覚えています。この言葉を聞いたときにはまだわからなかったのですけれども、後に学んだりインプットしたりした情報が、私の芯でひとつにつながった、そんな経験となったのです。このすべての過程が宇宙さんの“順調な導き”というわけですけれども、これは私だけでなく、この世に生まれ愛を学ぶ魂すべてが、それぞれの導きのもとに生きているのですね。そして、「笑う、褒める、良い言葉」という3つの単語は、私たちのエネルギーを光に向かわせ、人生に変化をもたらし、この世界をも変えていくもの、そしてスピリチュアルを語るときの基本中の基本でもある、“想いの波動”を高く保つポイントでもあります。これについては、またどこかで改めてお話をしてまいりますね。このぱぱ天使さんとの出会いのように、人とのご縁、人が放った言葉が自分の人生を変えるきっかけとなることがあります。このご縁もまた、私たちの魂がこの世で出会おう、ここで一緒に学ぼうと約束してきた、順調な出会いなのです。どのような出会いでも、そのことが自分を育ててくれます。順調に約束どおり自分の前に現れてくれた、大切なソウルメイトです。ありがたいものですねぇ。つらくても、苦しくても、嬉しくても、感動しても、そのすべてが私たちに愛を教えます。今は亡きぱぱ天使さんの魂は、私の人生を変えるきっかけとなる言葉を、私たちクライアントにたくさん与えてくれた、大切な魂だったのです。今日も訪れてくださり、本当にありがとうございます。心より感謝いたします。 林真弓子◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 01Jun
    • 第1章 ぱぱ天使さんとの出会いと学び~№3 「別れられませんねぇ~。」って…。~の画像

      第1章 ぱぱ天使さんとの出会いと学び~№3 「別れられませんねぇ~。」って…。~

      はじめてのセッションで一晩明けて、ぱぱ天使さんのセッションの日。何から聴こう?何から話そう?最初から重い悩みを話すのも、なんだか恥ずかしい気もするし…、でも…。セッションルームに近い吉祥寺駅にバスで行き、そのセッションルームに続く一本道を歩きながら、そんなことを考えていました。最初のセッションって、緊張するのですねー。今でも、初めてサロンで対面で、またはお電話やZoomなどで遠隔でお話をさせていただくときに、緊張する、とおっしゃる方が多いのですが、そのお気持ちはとっても良く分かります。緊張する、ワクワクする、が入り混じったようなドキドキな感じなんですねぇ。どんな方だろう?厳しいことを言われないかな?どうやって話したらいいんだろう?いろんなことが頭の中を巡ります。多分、前なんか見ているようで見ていないほど集中していたんじゃないかと思います。人間ってすごいですねー、それでも歩けるのですもん。(笑)そうこうするうちに、セッションルームの建物の前に到着しました。コンクリート打ちっぱなしのオシャレな感じのビルです。(えっと、何号室だっけ…?)ベルを鳴らしてほどなく、「はい、どうぞー」と男性の声が聴こえます。エレベーターを上がると、ドアが開いて、私より恐らく年上のスーツ姿のおじさまが顔を見せてくれました。ニッ!と笑っています。「お待ちしていましたよー。どうぞお入りください。」ぱぱ天使さんです。「こちらでお待ちくださいねー。今、お茶を入れてきますからねー。」大きな窓の明るい室内に通され、大きなデスクの前の椅子に座って少しの間待っていると、ぱぱ天使さんがお茶を持って現れました。目の前の椅子に座ったぱぱ天使さんは、終始ニコニコしています。「はじめまして、ではまず、この紙にお名前と生年月日を書いてくださいねー。」名前と生年月日を書いた紙を渡すと、「今日はどうされましたか?」ニコッ!とほほ笑んだ優しいぱぱ天使さんの顔を見た瞬間、張り詰めていた心の糸がプツッと切れて、両目から涙が溢れます。「夫と別れたほうが…$%&%$#、$%&%$#~」言葉にならない。なんとか話し終わると…、「別れられませんねぇ、ご主人とはまだ学ぶことがあるのです。(キッパリ!)真弓子ちゃん、まず、真弓子ちゃんが変わりましょう。ニコッ!」いきなり、真弓子ちゃん、って呼ぶのです。もう“ちゃん”という年でもなかったのですけれどね…。(笑)そして、私に、どう変わったらいいのか、を教えてくれました。この後、私はぱぱ天使さんに言われたように、自分を変えてみましたら、本当に状況が変化してきたのです。なんと、相手に(変わってほしい)と願い、それを一生懸命に伝えてきた、それでも一切変化がなかった、そんな夫の態度に変化が表れてきたのです。自分としては、大きな大きな問題だったこの“家庭問題”、なんと、セッションの時間のたった半分で相談が終わってしまったのですねぇ。あんなに泣いたのに。(笑)このときにびっくりしたのは、ぱぱ天使さんはこちらのエネルギーを一瞬で読み込んで問題を解決する道を探っているのです。もちろん話を聴いてから、必要なお話をしてくださるのですけれども、聴いている間はもう答え合わせをされていたのですね。そして、伝えるべきことをきちんと伝え、導き、温かい笑顔で、愛のある“良い言葉”を使い、良いところを褒めながら認め、受け止めてくれました。それだけでなく、とんでもなく面白くて、くだらなくて((笑)、すみません…)、とんでもなく真剣でした。今振り返りますと、このときすでに、この姿勢を、これをプロと呼ぶのだと、自分の体験を持って学ばせていただいていたのです。*§*―――――*§*―――――*§*―――――「自分が変わる」とアドバイスをいただいたのは、このときが初めてだったんです。当時、スピリチュアリティという概念がまったく自分の中になかった頃でしたので、この「自分が変わると相手が変わる」ということを聞いたときは目からウロコが落ちました。何かがうまくいかないとき、それは、自分の魂がひとつの愛を学ぶためにと、自分自身が生まれる前に設定してきた“人生の問題集”なのですけれども、特に人との関係性がギクシャクしてしまうようなとき、そこには「自分の想い、顔、言葉はどうなっているかな、ということを一度見てみましょうね」というサインが隠されています。お相手に対してどのような想いを持っているのか、その想いのエネルギーが漏れなく現実化していきます。人が鏡となって、そのときの自分を見せてくれることがあるのです。想いのエネルギーは、自分の顔や言葉を瞬時に変えます。そして人にはそれを見抜く力があるのですねぇ。笑顔でいるようでいて、目が笑っていなかったり。(笑)経験ありますでしょう?(笑)まずは、自分の想い、表情、言葉を振り返ってみる。そんなちょっとしたことから、今の自分に必要な何かが見えてくるかもしれません。今日も訪れてくださり、本当にありがとうございます。心より感謝いたします。 林真弓子◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 26May
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      第1章 ぱぱ天使さんとの出会いと学び~№2 ~奇跡のような必然~

      保育園のママ友がぱぱ天使さんを紹介してくれてから、私は早速ぱぱ天使さんにメールを打ちました。 すると、おじさまなのに(笑)、なんと💕マークが最後に付いた可愛らしいメールがスマホに届きました。 内容は、「今は予約がいっぱいで、次に予約が入れられる日は3か月先になる」というものでした。(それでもいい、できるだけ早く会いたい)と思った私は、可能な限り早い日程で予約をとりました。 「3か月後だけど、予約できたよ。(^-^)」 それをママ友に伝えると、 「そうなんだー、あのね、ぱぱがいつも言っていることがあるのよ。本当に必要なときには、スムーズに物事が動くって。早く会えるといいね。」 本当に必要なときには、物事がスムーズに動く。 そうなんだ…・。と思って3日ほど経った頃、ぱぱ天使さんから連絡が入りました。 「明日の13時に、お客様のご都合によりセッションのキャンセルが出ました。このようなことはあまりないのですが、〇〇さんのご紹介ということで、もしご都合がよろしければと思い、ご連絡をいたしました。いかがでしょうか。直前ですので、無理がありましたら遠慮なくおっしゃってくださいね。ぱぱ天使💕」 (えっ?明日!? ホント!? うんうん、大丈夫だ!)  予定がぎっちり詰まっていることに喜びを感じる(笑)変な癖を持つようなところがありまして、通常であれば次の日の予定は入っているのが普通なのですが、この日の午後はすっぽりと予定が空いていました。 「大丈夫です!よろしくお願いします!」 すぐにこう返信をして、それはワクワクしながらその夜、眠りについたのです。 必要なとき、物事はスムーズに動く。 思わぬタイミングでぱぱ天使さんのセッションを受けられることになった、これもまた、このときに彼から受け取ることになっているメッセージがあったのですねぇ。そして、生まれる前に自分が設計してきた人生の一コマでもあります。 これもまた、“奇跡”という名の“必然”なのです。 今まで生きてきて、今回のように奇跡のような必然に出会うことが幾度となくありました。3か月後ではなく、このときに大切な言葉をいただいたことで、この後に私が行動を起こすきっかけとなり、それが現在に続いています。 そして、ぱぱ天使さんに初めて出会い、そのときに受け取った最初の一言が、今のカウンセラーとしての“わたし”の土台をつくっているのです。*§*―――――*§*―――――*§*――――― 「必要なときに物事はスムーズに動く」という言葉とちょっと似ている表現で、こんな言葉を聴いたことがある方もいらっしゃるかもしれません。 「必要なときに与えられる」 実は、ここにはもう一言つきます。 「必要なときに、必要なだけ与えられる」 この人生で、大きな学びを得るタイミングだったり、人生が大きく転換したりするようなときには、絶妙なタイミングで、必要なものが必要なだけ、奇跡のように速やかに与えられます。 このときのぱぱ天使さんとの出会いまでを今の自分から遡りますと、どこを取ってもすべてが必要で、絶妙で、完璧です。そしてそれは、私が生まれたとき、生まれる前へと繋がっているのです。すべてが奇跡で、すべてが必然で。 (あのとき、あの人のあの言葉に出会ったから、私は変わった。) そんなこと、ありませんか? わたしも、あなたも、みんなこうして導かれているのです。 今日も訪れてくださり、本当にありがとうございます。 心より感謝いたします。 林真弓子◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら【無料】『オンライン版《魂たちのお茶会》』詳細ページ【『オンライン版《魂たちのお茶会》』無料チケット売り場(配布場所)】

  • 19May
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      第1章 ぱぱ天使さんとの出会いと学び~№1 あのときすでに導かれていた~

       (ピコン!) 気持ちの良い青空が広がる冬の午後、いつものように“さだまさし”さんの歌を口ずさみながら自転車に乗っていたとき、LINEのメッセージが入ったことを知らせる音が聞こえました。 メッセージは、次女が通っている保育園の仲良しのママ友からでした。 ちょっと話がそれますが(笑)、なぜ、さだまさしさんの歌なのか、というと、私は自転車に乗っているときに歌う癖があるのです。そこで漏れなく感情移入するのですねぇ…。それで…、泣く。(笑) さだまさしさんの歌は、美しくとても温かい感動的な歌が多いですので、当時から好んで歌っていたのです。今もそうなのですが、この歌を歌うとき、歌詞の中に入り込むようにイメージが湧き、その登場人物になったかのように深い想いを感じるのです。よく泣きます。本当に。歌詞、なんですけれどねぇ…。 因みにセッション中は、霊視をしながらそのときのご相談者やご相談の関係者の想いが身体の中に伝わってきますので、歌っているときととても似ている状況になるのですけれども、仕事中ですので極力泣かないように、出さないようにガマンしています。(笑) さて、お話を戻しましょうか。 LINEのメッセージが届いた、というところからでした。 自転車を止め、いつものように何気なくそのメッセージを開いた次の瞬間、私は自分の目を疑いました。  『林さん!ぱぱが…!ぱぱが死んじゃったよ~!私、もうこれからどうやって生きていったらいいのかわからないよ~!』 (ぱぱが死んじゃった?え…!? どういうこと?) 「えっ?なに?ぱぱ?一体どうしたの?死んじゃったって、どこのぱぱ?いや、どこのっていうか、そうじゃなくって、何があったの?」 もの凄く取り乱して送られて来たそのメッセージに、何が起きたのかよく理解できないまま、こう返信した私に彼女が伝えたのは…。 “ぱぱ”が、セッションとセッションの合間に突然倒れ、帰らぬ人になった、ということだったのです。 “ぱぱ”とは、私が8年間にわたり通っていた、非常に優秀なヒーラーさんのことなのです。“ぱぱ天使”という名前で活動をされていて、全国にたくさんのクライアントさんを持ち、予約は何か月先まで一杯という、とても人気の“おじさまヒーラー”でした。 この方は、今であれば当たり前とも言える“ホームページ”も持たず、口コミだけで1,000人以上のクライアントさんがいらっしゃいました。そして、そのセッションはとてつもなく楽しく、愛に溢れていたのです。 そのスピリチュアルな能力は、今思い出しても非常に素晴らしいもので、人のDNAを読み、調整する独特なものでした。そのセッションは、霊視、透視、チャネリング、リーディングという能力だけではなく、クライアントの相談に即時に的確に応え、認め、励まし、ときに叱ってくれる、本当に父のような存在でした。 それだけでなく、セッションが終わって帰る道で思わずニヤニヤしてスキップしてしまうほど不思議と元気になり、プラスパワーが満タンとなる、本当にそんな言葉しか思いつかないのですねぇ。毎回のセッションで私は、まるで子どもの頃に還ったようにクリアなエネルギーに満たされていたのです。 この方は、人生に迷っていた私の魂に気づきを与え、私を変えてくれた《最初の存在》であり、今も心から尊敬し、《ヒーラーとして憧れ、今も届かない目標》としてずっと背中を追い続ける存在です。 ところで、どうして私がこの“ぱぱ天使さん”と出会ったか、について、少しお話をさせてくださいね。 このときから遡ること8年前の2004年頃、私には悩んでいることがあったのです。 (夫と心が通じない。うまくいかない。つらい…つらい…。) 小さな不満から思いやりのない言葉のやりとりとなり、それが自分の求めていた幸せな家庭の姿と違うことをわかっていながら、結婚したから、子どもがいるから、と自分の心を無理やりアタマで納得させ、ガマンして蓋をしてきた。それが少しずつ積み重なって、心が限界になっていたのです。   私の心は、ちょっと優しい言葉をかけられただけで糸がプツッ!と切れて涙が溢れてしまう、そんな状態になっていました。 そんなとき、さっきの保育園のママ友が私に声をかけてくれたのです。 「どうしたの?なんだかつらそうだね…?」 「うん、実は…」 想いを吐き出した私に、彼女はこう言いました。 「そうなんだ…あのね、私、いい人を知っているよ。以前からの知り合いなんだけど、あるとき突然能力が開いたって、急にスピリチュアルカウンセラーになった人がいて、その人がすごいの。私もお世話になっているんだ。なかなか予約が取れないんだけど、紹介するから連絡してみない?ぱぱ天使さんって言うんだけどね。」 そのとき、不思議とアヤシイとか、騙されるんじゃないかとか、まったく思わなかったのも、今思えば不思議なことだと思うのです。それまで、まったくそのような人に相談したこともなく、占いなどにも興味を持たず、スピリチュアルといえば「オーラの○」というテレビ番組がやっていたぐらい。「へー、オーラかー、こんな世界があるんだー」、なんて軽い気持ちで観ていたものです。 ご縁は、人が運びます。 その人は、この世に生まれてくる前にお互いの魂の学びを順調に進めるために、この時に会おうと約束をしてきた、貴重な魂(ソウルメイト)なのです。 振り返れば、数ある保育園の中で、その保育園に偶然(必然)通うことになり、たくさんのママ友の中のひとりだった彼女と話し、仲良くなったこと(ご縁)が、すでに“導かれている”ということなのですね。彼女は、私に“ぱぱ天使さん”を紹介し、ご縁をつなぐという“役割”を持って現れてくれた、大切なソウルメイトです。 また、彼女に紹介してもらったスピリチュアルカウンセラーの存在をアヤシイとも思わず、 “すぐにでも連絡を取りたい”と思った、“どうしようかな”という迷う思いがまったくなかった、そのこともまた、「あのときすでに導かれていた」と思わせる理由でもあるのです。 そして、このぱぱ天使さんとの必然の出会いは、その8年後に私の人生が180度変わることになる〔不思議な奇跡〕へとつながっていくのです。*§*―――――*§*―――――*§*――――― 私たちが誰かと出会い、その誰かが自分の人生に大きな影響を与えたり、自分の心を大きく動かすことがあります。 その関係性が良いと思うものでも、良くないと思われるものでも、その人は自分の魂の成長のために、光の世界で約束したとおりに順調に出会ってくれた、大切なソウルメイトなのです。 今日も訪れてくださり、本当にありがとうございます。 心より感謝いたします。 林真弓子◆もうひとつのブログはこちら◆林真弓子のホームページはこちら◆スピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら【無料】『オンライン版《魂たちのお茶会》』詳細ページ【『オンライン版《魂たちのお茶会》』無料チケット売り場(配布場所)】

  • 15May
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      50歳で人生が180度変化した、スピリチュアルカウンセラー。私の場合。《序章》

      微妙に変わった子だった、かもしれない。今日から書き始めます。(笑)何から書こうかと思っていたんです。どうやって書こうかと。それほどいろいろありました。まあ、還暦が見えてくるほど生きていますからねぇ…。みんなありますよねぇ…。とはいえ、あんまり不思議なことが起きたので、いつか書こうと思っていたんです。どこかで、ですね。今日は、その序章、といいますか、女装、じゃない、助走ということで。2012年の年末近く、1人の夫と2人の娘と生活している、ビール好き、歌好き、お芝居好きの会社員だったおばさんが(最近、性別がアヤシイと言われます。どっちかわからなくなってきたって。(笑))、ある出来事をきっかけにどーんと人生が180度変わった、そんなお話です。いえ、性別がどーんと変わったわけではないですよ。(笑)人生が、なんです。小さい頃、私は“両親が身障者”という家庭を選んで生まれてきました。父は肺の機能が病気で半分しかないため外に働きに出ることができず、母は小さい頃から足が不自由でした。その父はとても優しく、母はとても芯が強かったのですね。ですので、母が洋服をつくって家計を支え、父が母の心を支えていました。2人はとても愛し合って、支え合っていました。そして母は、いつも忙しくて子どものほうを向く余裕もないほど、生きるために働いていました。父は、その分、いつも私と一緒にいてくれたんです。貧しかったけれど、イタズラでオサルさんのように元気な私は、母と全力でバトルを繰り広げながら(笑)、一方で父に甘えていました。典型的なパパッ子です。私は普通に、恐らく素直で元気な子だったんですが(笑)、一方で、ちょっとだけ普通じゃないところがありました。みんなありますよねぇ、どこかちょっと変わったようなところって。そんなものです。手から何か目に見えないものが出ていると思ってた。もう少し言い換えますと…、手で触れずに、物を動かすことができると信じていた。これです。ですので、いつも1人になるとやっていたんです。軽いものを選んで(そこは動きそうなものをチョイスします。(笑))、テーブルに置き、両手でそれを囲むようにして、「ハーッ!」とか「フーッ!」とかやる。息をかけているんじゃないですよ。「気合い」を入れているんですねぇ。動かそうとして。(笑)真剣にやり続けて、大人になった今では、ちょっと動かせるようになりました。こう書くとアヤシイですよねぇ。でも、人の手からは明らかにエネルギーが出ています。しかも、《宇宙さんの愛》が出ているんです。手だけではなく、実は胸や目からもいっぱい出ているんですよ。だから、人とコミュニケーションをとるときには、握手をしたりハグをしたり、目を見てニコッとすると、とっても安心しますよねぇ。赤ちゃんのときから、人は抱っこされて、いっぱい触れてもらって、見つめてもらって愛のエネルギーをいっぱいもらいます。赤ちゃんや子どもは、そうやって安心して、すくすくと育ちます。そしていっぱい安心すると、子どもは自分らしく、自分の足で歩きだします。親が「待って~」って言っても、どんどん自分で歩いていきます。そして心細くなると、「ママ~」って帰ってきて、また抱っこされて、触れてもらって、見つめてもらって、そして、「認めて」もらって、また自分で歩きます。人の子は、この世に生まれたときから、親との別れが始まっているのですね。毎日できることが増えていきます。これは、親がいなくてもできることが増えていく、ということですね。《毎日が記念日》です。ということで、私は、お友達と遊ばないときには、手から出ているなんだかわからないハンドパワーで1人で遊んでいるような、微妙な趣味を持った子だったんです。あとは、いつも「生きるって?」とか、「死ぬとき、どうなる?」なんてことを真剣に考えていましたねぇ…。やっぱり、おおむね変かも…。(笑)それ以外は何も変わったところもなく、歌ったり、踊ったり、身体を動かすのが好きなフツーの子でした。大人になるまで、ハンドパワーを信じている以外は、極めて現実的で、目に見えるものを結構信じて生きてきていたんですねぇ。ですから、心理カウンセリングはやってみたいと思ったことはありましたけれども、こんなスピリチュアルなカウンセリングを自分がすることになろうとは、まったく、50年間まったく考えもしなかったんです。人生って、わからないものです。ホントに。そうそう、さっき、“ビール好き”と書いたのですが、無類のビール好きだったんです。私からビールをとったら、なんにも面白いところがないくらい。スッカスカの、カッスカスになっちゃうぐらい。私を持って振ったら、カランカラン音がするぐらい。音がしているのは、もちろん、干からびた私の脳、です。ははは~。(今はもちろんシラフです。(笑))どのくらい好きだったかって言うと…そう、“利きビール”するぐらい好きでした。くぅ~~っ!たまりません!「でした」って書いているということは、今は飲まなくなった、ということなんですねぇ…。これは未だに不思議でして、私の脳はその現実にまだついていけていません。そのことも、追々書いていきますね。こんな感じで始めてみた、第1回です。少しずつ書き進めていきますので、気楽に、どうぞ仲良くしてやってくださいね。ではでは、また…!感謝です♡もうひとつのブログはこちら林真弓子のホームページはこちらスピリチュアリティ(霊視)セッションメニューはこちら

  • 05May
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      はじめまして、林 真弓子(はやしまゆこ)です。

       はじめまして、林 真弓子と申します。 スピリチュアリティカウンセラーとして活動しています。 2020年となり、地球は物質的な社会(世界)という意味でも、また、スピリチュアル的な世界という側面でも、私たちがこれまで経験したことのないような大きな転機を迎えています。 この変化は、2012年の冬至を境に地球がアセンション(次元上昇)を開始して以降、次元を超えた変化として現れ、私たち人間の個としての意識をつなぎ、波動の変化(進化)をきたしています。 そして、物質的な豊かさをことさら求める意識や個々の競争、争いといったものはまだ残るものの、それのみを推し進める世界から、私たち一人ひとりが、ひとつのスピリットとして想いの形を変化させ、成長し、調和のエネルギーに向かう時代にさしかかっていることを感じさせてくれます。 そのような中で、自分の人生を個人として振り返ったときに見えてきたことがたくさんあります。自分はどんな想いを持ち、どんな生き方をしてきただろう、小さな存在である自分がスピリットとしてどんなふうに変化してきただろうということです。 私自身、人生の後半に差しかかった時期になって人生が大変大きく変化するような経験をしてきましたけれども、ご相談をお受けしてたくさんの方々の人生に触れさせていただく機会をいただく中で、近年、奇跡のようなスピリチュアルな変化を経験される方がとても多くなっているように思います。 実は、もう一つ姉妹ブログ(『スピリチュアルカウンセリング & ヒーリング 《”こころ”が輝くまで》』)がありまして、そちらではずっとご縁をいただいた皆さまの心が輝かれる、笑顔になっていただける、そんなことを願って、ほんのちょっとしたことをつらつらと書き綴ってきています。 このブログも、まさに2012年末にある出来事が起き、2013年からスピリチュアリティカウンセラーとしての活動を開始するとともに書き始めたものです。その活動を始めることになるきっかけも、ブログを書き始めるタイミングも、私自身の思考の範疇を超えて訪れたものです。 アセンションなどという言葉すら知らなかった私が、自分の意思に関わらず激流に流されるような変化を経験し、未だその不思議な流れは続いています。 このブログでは、まず最初に“自分”という人間が“導かれ”てきた、その道から綴ってみようと思います。 私は、ここに至るまでに、とても多くの“不思議”に出会ってきました。その“不思議”は、この世に生まれてからずっと、「物質」という目に見えるものをただ信じて生きてきた小さな人生の矢印を180度変化させるだけ大きな〔磁石〕となりました。 そして、おそらくそのすべてが必要で、必然で、それがあって一周回って順調に、今の自分が“生かされている”のだと、シンプルに思えるようになったのですね。 超絶物分かりの悪い人間だった私に(笑)、守護の存在たちは、これでもか、これでもかと“不思議”を体験させることで、繰り返し大切なことを教えてくれました。 まずは、もう一つのブログの最初にも少しだけ書いた、その“不思議”のはじまりから、綴ってみたいと思います。人は、みんな導かれています。そのひとつひとつのスピリットには、この宇宙の愛をもっと輝かせるというミッションが与えられています。私たちは、これからも悩みながら光に向かって生きていきます。それが漏れなく宇宙の愛を育てます。ここに訪れてくださり、本当にありがとうございます。すべての貴重なご縁に心より感謝いたします。林 真弓子