アスペルガーの特徴の一つに、記憶力の半端ない事が挙げられる。(人にもよるが…)

私の記憶力は、3歳からカラーで脳に否応なしに詰め込まれてきた。

自分の意思とは無関係にフラッシュバックする。

私は、実の父親に三度捨てられた。

一度目が3歳の時。
夜中に目が醒めて居間へ行くと、父と叔父、母と母の兄がテーブルを囲んでいた。

後にわかったが、女遊びの多い父…
相手と一緒になりたいと、離婚話の最中だった。

二度目は小6の時。
総本家にいよいよ行くと決まった時、父に聞いた。
「本当に行っていいの?」
父の答えは、
「好きなようにしなさい。」

止めて欲しかった…

そして、三度目。
高2の時、私は東京に家出した。
たまたま前日珍しく早く帰った父。
私に向かって
「お前の様な、親不孝な奴はさっさと家を出てけ。」と…

結局この家出は、頼った先輩が男の部屋には泊められないと、ホテルをとってくれ、両親に連絡した為、3日で終わったが…


父は仕事のストレスで酒に酔ってのDVも酷かった。

蹴られる母に被さり、辞めてと懇願した。

が、小3のある夜目が覚めるとまた、母のうめき声が聞こえる。

そっと覗くと、それはうめき声ではなく、喘ぎ声だった…

父に貫かれ悶える母…
バイブで何度もイク母…

初めて、母が憎いと思った。
私が父に抱かれたい、とって変わりたい、愛されたいと思った。

その夜、初めて自分でイッた、父に抱かれたい思いは、今でもある…


エディプスコンプレックスについて
参考Wikipedia

ジークムント・フロイトが提示した概念である。男根期に生じ始める無意識的葛藤として提示された。日本では訳語としてエディプス複合と呼ばれることもある。フロイト派では男女ともに適用される用語であり、心的発達の重要な転換点として、また神経症の発症段階として注目されている。



わたしが総本家の世継ぎとなるべく、生まれてきたのは前記事にも書いたけれど、家を守る為に犠牲になったのは、わたしだけじゃない。

祖母は、京都の一般家庭の出だけれど、育ちが卑しいという理由で、あらいべである分家に養子縁組し、そこから嫁に来た。

母は、呉服屋の次女だが御用伺いに行った時、器量と愛嬌の良さが祖父の目にとまり、父と結婚した。

幸いなことに、父と母は同じ高校の先輩、後輩で色男だった父を母は知っていて、見合い恋愛のようなものだった。


1番可哀相なのが養父となる叔父だ。

最初の奥さんは、米を勝手に実家に持って帰った(盗んだ?)という理由で、追い出された。
2番目の奥さんは、働かないという理由で追い出された。

3番目の奥さんは小さな工務店の長女で、働き者という理由で結婚した。


この3番目の奥さん、養母になるのだが後々の私の人生を大きく変える鬼門となる。

祖父は、私が生まれる3ヶ月前に亡くなったが、世継ぎになると信じて疑わず、名前まで命名して逝った。

普通なら初めての子、両親が万感の想いを込めてつけた筈なのに…(;_;)

だから、名前に込められた由来をまだ知らない。

おそるべし…総本家



ストレスを溜め込み過ぎて、また人を信じようとしない自分に戻ろうとして…


…本当に本当に生き辛い。


情緒不安定で迷惑や心配を掛けてばかりの自分が情けなくて、姿を消したい衝動に駆られる時がある。

決して病気のせいにしている訳じゃない。
決して不安定な自分を許してる訳じゃない。

むしろ、必死にもがき続けているのに…目に見える変化が無いことがどれだけ悔しいか。

少し安定する時期が来ても『次はいつ沈むか…』と、常に心に爆弾を抱えている気分。

大切な人達を傷つけたくない。
呆れて欲しくない。
手を離して欲しくない。
去って欲しくない。

頭の中がいつも病気の事と自責の念と悪魔から逃れられない恐怖心でいっぱい。

私達、メンヘラーは全てを理解して受け入れてもらおうとは思ってない。

だけど、だけど否定するのだけは辞めて…。


自分の存在価値さえも、否定されたよう、哀しみでいっぱい。
パパには、躁鬱という言葉は存在しない

うつは、怠けたいための言い訳としか思って貰えない。

リスカを見つかった時は叩かれる
なんで普通の主婦になれない、18やそこらの若いやつじゃあるまいし…と。

今の私の安定剤がリスカなんだよ

5年前のフラッシュバックに苦しむ…

今の、子育てに疑問を感じながら苦しむ。

楽になりたいだけ、ほんの少しでいいから…。

今日、ひとつ目のリスカの抜糸にいった。
余りにも待ち時間が長かったので、途中で帰り自分で抜糸した
でも、パパには絶対言えない…すべてを否定されるから…

楽になりたい、生きている存在価値がほしい。

心が潰れそうな自分と闘ってる