お買い物に行って、
カーブス行って、
ケーキ焼いて、
美容院行って、
餃子110個作りました
今日は長男17歳の誕生日なんです
ってことは私も母業を17年やってるんですね。
子育て期間ってあっという間かもしれません💨
今日、心屋さんのブログのタイトルが、
「★親が子どもに何を教えるか」
ってあったので読みました。
この中で書かれてることに、
頷いたり、実感したりしました
〜抜粋〜
親が子供に何を教えようというのか。
その凝り固まった価値観か
その妄想に包まれた恐怖か
その数少ない成功体験か
その、ひねくれたあきらめか
その 偏った 正しさか
その 恐怖に満ちたルールと腐ったプライドか
その 達観したような 絶望か。
すべてを誰かのせいにするその生き方か。
我慢して、犠牲的な人生か。
人生は苦しいんだ、多くを望むな、という生き方か。
わかった風に
そんなものなら、
教えない方がよっぽどマシだ。
それとも、
人生の素晴らしさか
人の個性や素晴らしさか
人生の素晴らしさか
その子の可能性か
それを伝えられているか。
さあ
なにを 教え ようとするのか。
その 親 という上から目線で。
先に生まれたから
正しいとは限らないのだ。
先に生まれたから
教えなければならないとは
限らないのだ。
そんなに教えられるほど
素晴らしい人生を生きているというのかい?
いや、マジ、ほんまそうやわ。
子ども産んだってだけで、突然偉い人間になるわけちゃうねん。
1人の人間を導けるような人間になるわけちゃうねん。
正しい人間でもないし、
お手本となるような人間でもない。
間違いも犯すし、
失敗もしょっちゅうする。
そんな私が上から目線で何を教えられるというんだろう。
本当に、私の方が子どもより偉いのか?
何かを教えられるくらい偉いのか?
ずっとそう思ってきた。
私は子どもと共に育ってきた。
私は子どもに育てられた。
育てられたのは私の方だ。
子どもと付き合う上で私が1番大事にしてきたことは、
「尊重する」ってこと。
子どもをひとりの人間として、尊重してきた。
最初からそうだったわけじゃない。
いっぱいぶつかりながら、学んでいった。
私の価値観は、私にとっては正しくても、
それ以外の人にとっては正しくなんかない。
あるとき長男に言われた。
「お母さんの価値観とは違うんや」
小4、10歳の時やった。びびる(笑)
だから、私は自分の価値観を押し付けないようにしてきた。
私にとっての正解と彼にとっての正解は違うから。
理解はできなくても、認めるようにしてきた。
支配しない、ゆうことをきかせようとしない、親の思い通りにしようとしない、押さえつけない、
認める、ただ見守る、
育てるんじゃなくて、育つのを見守る。
子どもには自由に自分の想いを実現していってほしい。
私は、それを応援するだけだと思ってる。
そんな私の子どもなので、
そーとー変わりもんですが
17年間無事に育ってきてくれただけで感謝です
今も私を育ててくれる。
彼の半端ない努力をする姿を見て、私もがんばろうと思えるから
そして、彼のこれからを楽しみにしてるんです