京都という寺の多い町の生者と死者が共存する古都で、

劇作家の優児と、その女優だった亜紀はひっそりと暮らしていた

亜紀の妹の陽菜、母親の悠乃、別れた父親の五郎、孤独に生きてきた青年の文哉

それぞれ自分の立場から語る内容です。




妹の陽菜は、小さい時から姉の亜紀に憧れていて、いつも姉のすることを全て真似て育つ。

ある日、姉に優児という恋人が出来、家に行き躊躇なく誘惑してしまう。


姉からすると妹のことは、怖く、憎く、恐ろしい存在だったのてはと思ってしまいました。


亜紀は、母親が「中川華道会」という華道を立ち上げて家元という立場になりに、母親にスパルタ的に花道の後継として教育されて育った。

そのプレシャーと妹から逃げる為に家を出る。


妹の陽菜からすれば、姉大好き人間だけに、姉の持ち物、触れるもの、好きなものを共有することで、

姉を理解することだと、信じきっているので、

常識からかけ離れた行動を考えなく実行する様子が、

恐ろしかったです。



母親の悠乃は、二十歳も若い女装する若い整形外科医と変な関係を持っていることで

日頃の生活からの解放感を味わっていたのかなと思いました。



五郎は、姉妹が小さい時に離れていった父親で「縄師」(人を縛りその魂を解放して心を解く)

という、初めて聞くような犯罪性のあるセラピーを仕事にしていた。


縄師に弟子入りした孤独の青年文哉は、ほとんど口を聞かないが、そこに訪ねてきた陽菜に心を開く。


縄縛りを通して、三人の心の動揺が浮き彫りにされていて

真実が明らかになる。


三人が内に秘めていた思いが、はち切れるように吹き出す様子が、

縄縛りの本質をついていたのかなぁと

感じました。



姉の亜紀と、勇児の夫婦の生活感のなさの中には、生と死の共存のような空気感が漂っていて

大切な人への使命感のような死を受け入れられない心の葛藤のような

幽霊と暮らす安心感が感じられました。

大きな演劇を見せられているような感覚もあり


生きる辛さがしみじみと伝わってきました。