鎌倉幕府の末期に、足利尊氏、楠木正成、後醍醐帝の三人は、同じ心地覚心禅師の教え「利生」という信念の元、同じ志を持っていても、幕府側と朝廷の公家衆に別れて戦う内容です。



頼朝が倒れて建武政権が行われていたが、あまりにも中途半端な思慮、思いつき半分の改革で、国民を混乱させるだけの政治に誰もが疲れ果てていた中、

楠木正成は、後醍醐帝を支えながら

天皇の意志に反する矛盾した公家衆の奢りに疲れはてていた


正成の心中が、後醍醐帝に奉仕して大塔宮御良親王と連携して、鎌倉幕府討伐に貢献したことは、

尊敬しますが、

あまりにも中途半端な気位だけは高い公家の政治はには、がっかりしたんだなぁと、

読んでいても正成同様に、心底嫌になります。


足利高氏は、頼朝を倒したことで、後醍醐天皇尊治から、「尊」という字を賜り、高氏から尊氏と改名する。


こんな経緯があったとは、初めて知りました。


その後、

公家衆は、足利の勢いを止めようと幕府討伐に戦を仕掛ける

建武政権から二年後に、幕府と朝廷の戦いが始まる。


正成、尊治、帝は、立場は違えど

こんな世の中どうしたら利生という(衆生に神仏の利益をもたらすこと)は、

いつになったらと、

頭を悩ます様子が深く伝わってきます



民、神仏の後世に向かって


悩み抜いて、退いたり、立ち上がったり

とドタバタしながら静かに態度がコロコロかわる尊氏、


信念を貫く戦いの後、潔い良く切腹した正成、


尊氏の勝利後、三種の神器を手ばさなく、

吉野に移り南朝を開き、世の中を混乱させた後醍醐天皇、


三人のそれぞれの強い信念が伝わってくる内容でした。