市ケ崎中学校の教師、葉奈子は、中2の夏、母親から置き去りにされていた家でエアコンが壊れていて、暑さに耐えられなくなり、
ネットの掲示板で声をかけてきた男の元に逃げ混んで、男の優しいことばに救われながら2週間過ごしていた。
15年後教師になり、中2の担任を受け持つ。
一人の少女から2日間、SNSで知り合った男の元に行っていたことを打ち明けられる。
葉奈子と同じクラスの副担任の溝淵の2人が、共に過去との苦しみから立ち上がり、生徒達をどう救っていくか、道をさぐりなから進んでいく内容です。
十代の子供は、精神的に未熟、特に女の子は完全なる被害者、男が悪い。
教え子が騙されていると、気づいた葉奈子の表現が、
「パレットの絵の具をすべて溶かした筆洗いバケツの水のように気持ちが混沌としている何色とも呼べない濁った感情が脳の中に渦巻く」
ネットで叩かれていることばを読むと
「誹謗中傷を受けている有名人の誹を上げ辛い、罪をケーキのような被害者に切り分けることを冷静かつ公平なジャッジと考えている人達」
といった
忘れられないことばになっていて、
印象に残りました。
「心のより所、止まり木は、もう一度飛ぶ力を得る為に不可欠」
それぞれの体験があり、月日はかかっても、必ず立ち直ることが出来る。
葉奈子が、弱っていたトバトの雛を家に連れ帰って世話して、成長を見守りながら、一緒に慰め合い暮らしている様子は、微笑ましかったですが、
雷の音で、息絶えてしまった時は、とてもショックでした。
溝淵先生と出かけた鳥類の博物館の掲示の張り紙に「鳥は拾わない」
(弱っているように見えても近くで、人に怯えている親鳥が様子を伺っているかも。
鳥に人の匂いが移ってしまう。
拾うことは犯罪になる。そして保健所に届ける)
という意味を溝淵先生から聞く。
葉奈子と同様で、初て知りました。
中学校の教師という業務内容の多さと、生徒達一人一人の向きあい方の難しさが、
何となく、大変だなぁと理解でき、
尊敬してしまいました。
毎年、アオサギが止まり木に帰ってきて、その間は、散歩道に面している場所なので、毎日20羽くらいはいつもいて、目の保養と安らぎをもらっていました。
今年の4月に近隣住民から、フンや鳴き声が迷惑だと理由で切られてしまい、
とても残念でした。
今でも脳裏に焼きついています。
30個くらいあったアオサギの巣
切られた翌朝、
巣がなくなりショックを受けている様子
「とまり木」という題名だけで、手に取った一冊です。


