天慶七年(九四四) 筑前(現在の福岡県太宰府市)の薬師、安瑞蓮(あんすいれん)は、胡人(現在の中国)から海を渡って来た父から医術を学び、腕を見込まれて、筑前守の一人娘の病を見て欲しいと、頼まれて平安京(現在の京都)にやって来た。

九州から京都まで歩いての移動はこの時代では、当たり前だったんでしょうが、辿り着くまでに、大変な苦労だったと思います。


筑前守の娘の病を見たことで、評判になり、宮中で仕事をすることになる。


御所の女主人は、着物の服装で位が分かるようになっていたり、名前の呼び方や、場所の言い方も難しくて、戸惑いながらでも読んでいると、当時の様子が少しだけわかりました。


どの時代も、病に悩んでいる人は、多いですね。

その病に対する適切な判断をしてくれる医師に出会えるかどうかで、患者の生死がきまるので、

この宮中の人達は、身分に関係なく、分け隔てなく見てくれる医師に出会えたことは幸せでしたね。


陰陽師である、若き日の安倍晴明にも出会えて、良かったです。