実母の両親の一件があって以来、徐々に家庭環境は荒れていきました。
毎日のように父と義母は喧嘩をし、罵倒し合っていました。
父が会社に行った後、決まって私は義母にぶたれました。
最初は、後から謝っていたそうです。
しかし、徐々に謝る事はなくなりました。
エスカレートし、物を投げつけたり、蹴られたりもしました。
そのうち、父がいる前でもぶたれるようになりました。
そのたびに喧嘩がヒートアップして父と義母は掴み合いまでするようになりました。
毎回決まって私に言われるのは「アンタがいるからだ」「お前さえいなければ」という言葉です。
しかし、小さい頃は何も理解できていませんでした。ただ泣いて、謝っていました。
それに伴い、家の中も荒れてきました。
部屋には足の踏み場もないぐらいゴミが散乱し、ソファーには洗濯物の山、洗い場にはヘドロが溜まりました。
実母の話をする事や、仏壇に手を合わせる事もタブーになりました。
そっちの方がいいのか?と言われ、「あんな人必要なかった」と毎回言わされました。
そして、私も徐々に実母が憎くなり、それが当然だと思うようになりました。
ある日、赤ちゃんができたと告げられました。私は最初何の事か余り分かりませんでした。
しかし、何故か義母の雰囲気が優しくなり、嬉しかったです。
そして、妹が産まれました。
私は初めての兄妹がとても嬉しかったです。一緒によく遊びました。
しばらくして、義母が不安定になり始めました。
夢に実母が現れて首を絞めると言います。泣きながらよく飛び起きていました。
しばらくして、訳の分からない宗教に入りました。
妹が良い赤ちゃんになるように、瞑想をしたり、講話ビデオを時間を惜しんで見るようになりました。
風邪をひいたら、病院には行かずに「良い薬」を宗教団体から買って飲むようになりました。
安い方は1包1000円、高い方は1包10000円です。
段々とエスカレートして、合宿に家族で参加したり、何万円もする「心がきれいになるパワーの出る絵」も購入するようになりました。
しばらくして、弟ができたと告げられました。
義母は宗教の教えで、自宅の浴室で産みました。
今思えば、助産師もいない中で非常に危険な分娩方法でした。
二人の妹と弟に恵まれ、毎日兄妹で遊んでいました。
しかし、罵倒されたりぶたれたりするのは、いつも決まって私だけでした。
しかし、その時は私はそれが普通だと思っていました。