昔の私② | 少年ノート

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このブログは、私の取りとめのない「ノート」です。

何気なく日々感じた事や、何かいいなと思うものを書き殴っていきます( ´∀`)

初めての人は最初の投稿「初めまして」で趣旨や、ごめんなさい事項をご確認ください(^^ゞ

実母の両親の一件があって以来、徐々に家庭環境は荒れていきました。

毎日のように父と義母は喧嘩をし、罵倒し合っていました。


父が会社に行った後、決まって私は義母にぶたれました。

最初は、後から謝っていたそうです。


しかし、徐々に謝る事はなくなりました。

エスカレートし、物を投げつけたり、蹴られたりもしました。


そのうち、父がいる前でもぶたれるようになりました。

そのたびに喧嘩がヒートアップして父と義母は掴み合いまでするようになりました。


毎回決まって私に言われるのは「アンタがいるからだ」「お前さえいなければ」という言葉です。

しかし、小さい頃は何も理解できていませんでした。ただ泣いて、謝っていました。


それに伴い、家の中も荒れてきました。

部屋には足の踏み場もないぐらいゴミが散乱し、ソファーには洗濯物の山、洗い場にはヘドロが溜まりました。


実母の話をする事や、仏壇に手を合わせる事もタブーになりました。

そっちの方がいいのか?と言われ、「あんな人必要なかった」と毎回言わされました。

そして、私も徐々に実母が憎くなり、それが当然だと思うようになりました。


ある日、赤ちゃんができたと告げられました。私は最初何の事か余り分かりませんでした。

しかし、何故か義母の雰囲気が優しくなり、嬉しかったです。


そして、妹が産まれました。

私は初めての兄妹がとても嬉しかったです。一緒によく遊びました。


しばらくして、義母が不安定になり始めました。

夢に実母が現れて首を絞めると言います。泣きながらよく飛び起きていました。


しばらくして、訳の分からない宗教に入りました。

妹が良い赤ちゃんになるように、瞑想をしたり、講話ビデオを時間を惜しんで見るようになりました。

風邪をひいたら、病院には行かずに「良い薬」を宗教団体から買って飲むようになりました。

安い方は1包1000円、高い方は1包10000円です。

段々とエスカレートして、合宿に家族で参加したり、何万円もする「心がきれいになるパワーの出る絵」も購入するようになりました。


しばらくして、弟ができたと告げられました。

義母は宗教の教えで、自宅の浴室で産みました。

今思えば、助産師もいない中で非常に危険な分娩方法でした。


二人の妹と弟に恵まれ、毎日兄妹で遊んでいました。

しかし、罵倒されたりぶたれたりするのは、いつも決まって私だけでした。


しかし、その時は私はそれが普通だと思っていました。