最も、過去の出来事で振り返りたい事として、私と義母との関係があります。
義母という言い方は、表現としてあまり良くないかもしれません。
しかし、今の気持ちとしては、この表現の距離感が最も適しているので、このままにします。
私の実母は、私の5歳の時に亡くなりました。
そして、1年後に父が再婚したのが義母です。
父と義母との出会いは運命的だったそうです。
実母が亡くなってからの父は、半分廃人のようだったと聞いています。
家中に実母の写真を貼りまくって、思い出話ばかりして泣いていたそうです。
しかし、実母が亡くなってちょうど1年後に私が、「お母さんがほしい」と泣き出したそうです。
それも、前の日までケロッとしていたのに。本当に急にです。
その数日後に、店を営んでいる父の友人から、実母に雰囲気が似ている女の人が来店しているとの電話が入ったそうです。何か運命を感じて、父が駆けつけて交際が始まりました。
父が義母を紹介してくれた時、私は義母の事を「お姉さん」と呼んでいました。
ある日、地元の神社で急にお姉さんが今日から「お母さん」になると言われ、非常に嬉しかったです。
神社の壇上で初めて「お母さん」と呼んだ時の事はハッキリと覚えています。
しばらくして、結婚式がありました。
しかし、何故かその日は「お父さん、お母さん」とは呼んではいけないと言われました。
大きくなってから知りましたが、義母側の親からの条件だったそうです。
『連れ子』という存在はそういうものだと。
何も知らず、「今日はカメラマンだよ」と言われ、式中ずっと、お客さんである父と義母を映し続けました。
まるで他人の子であるかのように。
結婚して、新婚生活が始まりました。
しかし、そこは実母との思い出もたくさん詰まった家でした。
ある日、義母が泣きながら電話をしていました。
「昔の妻の着物を自慢げに見せられた。辛い。帰りたい」と。
またある日、実母の両親がやってきました。
実母の両親はあたかも自分の家のようにして上がり、仏壇に手を合わせた後、冷蔵庫やレンジを開けてイビリ続けたそうです。父も、実母の事があるため、フォローできなかったそうです。
「教えてもらってると思ったらいいやん」と言ったそうです。
実母の両親が帰った直後、私は初めて義母にぶたれました。私は泣いたそうです。
義母も泣きながら、抱きしめて謝り続けました。
この出来事が、全ての始まりでした。