おれは彼女を 「 NAGI 」 と呼んでいた。
「 SOSUKE 」 は舌を噛みそうになるから。
と、 3 才年上の彼女は。
おれのことを、「 ソウ 」 と呼んで甘えた。
knock knock knock 。
おれが、ボスの部屋に呼び出されたのは。
『 失礼します お呼びでしょうか 』
糸のように細い雨の降る、静かな朝だった。
高層階にある、オフィスの外は ![]()
濃い霧に覆われていて、視界が悪い。
デスクの脇には、早咲きのハイドレンジアが。
赤紫色のまぁるい頭を、もたげていた。
時期的には、まだ少し早いと思うが。
花好きの、秘書が ![]()
どこかの花屋で、見つけてきたのだろう。
和名 : アジサイ。
夏のあいだ、街中でこの花を見かけるたびに。
遠い遠い昔の、雨の匂いを思い出していた。
『 これを、見てくれ 』
ボスから。
ウチの売り上げを表すグラフを、見せられた。
世界 30 か国で、展開している中 ![]()
「 THE MOST JAPAN 」 が、低迷している。
このままでは、休刊。
いや、廃刊も免れないだろう。
ボスがトントンと、指で示した。
『 君の手腕を、発揮してみる気はないか 』
向こうには ![]()
副編集長のポストを、用意してある。
と。
そういうことか……。
「 日本 」
11 才のときに、父親と一緒に。
NY に引っ越してきて以来、 16 年間。
一度も帰っていない、おれの DNA 。
『 返事は、明日まででいいから 』
打診という名の、業務命令である。
時を同じくして、専属モデルの NAGI は。
「 THE MOST 」 との。
契約更新の時期が、近づいていた。
細かい交渉など、必要ない。
分厚い契約書の、最終ページに。
いつもどおり、サインをするだけだ。
だけど今回、彼女はそれを蹴ったのだ。
条件は、決して悪くなかったはずなのに。
これを機に、フリーになって。
おれとの関係も、解消したいと言った。
ケンカ別れではない。
性格の不一致なんて、陳腐な理由でもない。
ひと言 「 日本は、遠すぎる 」 と。
思えば、ただ単に。
体の相性が、よかっただけなのかもしれない。
「 愛してる 」 なんて、いくらでも言えるのだ。
母は、アメリカに渡る前に事故死した。
父は 6 年前に再婚をして、新しい家族と。
今はシアトルで、幸せに暮らしている。
これで、もう。
帰国をためらう理由は、何もない。
その日の夜、おれはボスにメールを送った。
『 YES 』
急遽、おれの帰国準備が始まった。
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