何を残せるか、、、ということ。 | *LOVE MODE*

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年下彼との2010年10月22日に無事に夫婦になりました。
2011年9月16日に憧れだった海外でのローマ挙式と
ハネムーンに行きました。
最高のハネムーンになりました。
2015年7月18日 帝王切開にて無事に男の子を出産。
仕事と育児で毎日バタバタの日々を過ごしています。

【この記事は「死」に対する内容をかいています。
受け付けられないという方は、ご遠慮いただくことをおすすめします】
















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4月9日朝に、旦那の祖父(父方)が亡くなった報せを受け、
一昨日は通夜、昨日は告別式の参列のため
仕事を休んで新潟に電車を使って二人で行ってきました。


2年前の5月。
初めて旦那側の父方のご親族にお会いしました。
その時におじいちゃんとも初対面しました。

私の祖父と年代が変わらず、また戦時中も同じ
満州の方へ戦争で激闘の末戻ってきたとお聞きしました。

昔世代のおじいちゃんだったけど、姿勢も受け答えも物凄くしっかりしていて何より元気!
おじいちゃんもすごく長生きするんだろうなと思ったのを今でもはっきりと覚えています。

カラオケが大好きで、ご自身のレパートリーを披露する時は本当に楽しそうでした。
でも納得の点数が出ないと「今日は調子悪いな~」っておっしゃっていたのを
今でも覚えています。
そういえば、ねこちゃんもスキだったな。


字も丁寧で、性格なのでしょうが、
記録を物凄く細かくするのが好きな性格だったようで
私も初めてお会いした時に
「これ、書いたから」って渡されたのがなんとご自身の履歴書!

しかもホント今の人が驚くほど、詳細に書かれてあって
本当にその年代を「生き抜いた人」なんだと思ったものです。

最後ご自宅を後にする時
「何か困ったことがあったら連絡してきなさい」って言ってくれました。
私はおじいちゃんからいうと、孫の嫁です。
まあいわば、親族ではありますが、少しだけ遠い位置にいると思います。
でも、そうやって旦那ではなく、私にお声掛けしてくれたこと
とても温かい気持ちになりました。

遺影の写真はその時にみんなで写した写真を使ってくれました。

御年95歳でした。
本当にお疲れ様でした、おじいちゃん。
多分1月に転倒がなければ、もっともっと長生きできたのかもしれません。
この年で「手術する」と自ら決断したおじいちゃんは
まさしく「命を生きた」人だと思います。


今年は人との縁が途絶える年なのか、もう二人も見送りました。
この年になると「人の死」というものに恐怖はないのですが
幼い頃は人が動いていないということに物凄く怖さを感じたものです。
(幼稚園の頃、曾祖母が亡くなった時は、子供心になんか怖いって思いました)

それでいてこう2度見送った時に
「いったい自分は死ぬまでに何を残せるんだろう?」と、漠然ではありますが、
物凄く「生きる」ことに対して自分に問いかけるようになりました。

今の自分は何も残せるものはないんだろうな・・・とか。
こうやってみんな「あ~だったね、こうだったね」と話してくれるかな、、、とか。


俳優や音楽家、小説家のように万人に対して
何かを後世に「残す」ことはできない私ですが、
一般の人が何を残せるかといえば、
結局「生きる」というのは、人とのつながりなのかなと、
漠然ではありますが私はそう思います。

友人にしろ、旦那(嫁)、親族、子供にしろ、
全て対「人」であり、ものではありません。

こういう時に「結婚の意味」を感じることが多いです。
両家族の親族の意味を考えるようになるからです。
避けては通れない人の死ですが
昔とは明らかに死ぬことに対する考えが違ってきたように思います。


手術をした際に、全身麻酔をかけられたのですが
その手術が終わって目を覚ました時に
眠りについたことさえわからず、起こされたんですよね。(手術終わってた)
「あ~人ってこうやって簡単に眠りにつけるんだ。これが死に直結するんだなあ」
って思ったんです。
意識がなくなるってこういうことなんだなって思ってから
なんとなくわかるようになったというか・・・。


でも、自分の意識(命)うんぬんよりも
周囲に何を残せるかの方が私も大切というか、、、そう思うようになってきました。


必ず生まれてきた以上、誰かとの永遠の別れは誰にも必ずやってきます。
当然自分もです。
多分その度に、その人に対してできたこと、
また自分の今の時間の生き方を考えるんだろうなと思います。


私はおじいちゃんに曾孫を見せられなかったな・・・って思います。
確かに後悔でもありますが、またそうやって命がつなげられればいいと思います。
「和」を重んじ、大切にしていたおじいちゃんの願いは
「みんな仲良く」です。

最後は結局そういうことなんだと思います。
和を大事にしたいものですね。