大学3年。

私は大きな出会いから別れをすることになった。

その1ヶ月後、中学の恩師が亡くなった。

2日後、友人がバイクで亡くなった。


そして始まった。あの事件が。


友人が亡くなった時、私は大学にいた。

そしてゼミの授業に出る気がなく、売店でジュースを買い、

終了間際の研究室に入った。


数分で授業は終わった。

私は少し気持ちが↓だったから、研究室から出ていくのに時間がかかった。

みんな研究室から出て行きそうだったので、私は1人のゼミ生に聞いた。


「ここ出ていくとき、鍵閉めておいた方がいい?」と


ゼミ生は「ううん、明けといていいよ」と言った。確かに言った。

5分ほど1人の時間がゼミ室で流れた。


次の授業を受けようとゼミ室を開放したまま出て行った。


ただ私は、ゼミ室で1人ジュースを飲んでいただけ。


1週間くらいたった後、1通のメールが届いた。


教授からだった。


私があの日、ゼミ室でPCが無くなったという。


しかも私が出てから次の人が入ってくるまでの間でなくなったという。


そして教授は私を疑っていた。


それが私の想像を絶する出来事の始まりだった。

大学に入り、友人1も居ない場所での生活が始まった。
小学校6年生、中学1年~3年までいじめにあっていたから友人を作ること、またいじめに会う、シカトされることが怖かった。

だけど、そんな心配は必要なく、友人はすぐにできた。
とっても楽しい充実した大学生活を送っていた。大学3年に入るまでは。

先生に話しをしてから、私は何かと精神的に落ちているときは先生を頼りにしていた。
自分は強い人間だと思い、先生に言ったことで自分は弱くなってきた気がした。

 頼りにする=依存する


と感じた。これはダメだと思った。
だけど高校3年になり、またあの先生が私の担任となった。

偶然か、意図的にか。。。また先生に依存するのではと不安になった。
そして心のどこかで、うれしさもあった。

 高校くらいから両親の喧嘩も少なくなってきた。
でも、その少ない喧嘩でも1回1回の精神的ダメージは大きかった。

 私は数学が好きだった。文系は苦手。
だけど、先生のお陰で勉強もするようになり、成績は徐々に上がっていった。
 現国の時間、夏目漱石の「こころ」が授業で取り上げられていた。
私はその本に衝撃を受けた。
文学の面白さを知った。

私は高校2年から通信制で美容師の学校へも入っていた。
だから、自然と高校卒業したら、美容院への就職を考えていた。

けど、この文学の出会いで私は大学への進学を考えた。
母に伝え、母は了承してくれた。
決して頭がよくなので、担任に相談した。
私は文学が出来ればどこでもいいとだけ伝え、先生は、指定校推薦枠を薦めてくれた。
希望を出し、枠に入れることになった。
入学許可がおりた。