朝から電話のなりっぱなっしの会社。

土曜は通常、事務仕事を中心に皆するのですが、、、

思えば、シルバーウィークがあるからでしょうね。


この会社は大体日曜だけしか休まない。祝日は得意先の勝手なる都合でこの会社は営業日になる。


勿論、明日は休み。けど、20日、23日は営業日だ。



前の日記で祖母が老人ホームへ入れられているということで、早速明日から田舎へ祖母に会いに行く予定です。


私は旦那と別れたい、そう決心し、旦那に言ってから2年半経った。

母に対して行った父の暴力を思い出させるほどの暴力、そして決断させた言葉があった。


「もう、浮気しないよね?」と旦那が言った言葉。


いや、してませんから、、、プンプン


してると思ってその言葉が出てくるはず。


旦那は私に対し、信頼、信用はしてないと思った。


それは私が今まで旦那と一緒にいたことに、絶望感を与えた。


私は浮気したと旦那が思い込み、暴力を振ってきた。

暴力はちょこちょこあった。

私たちは同棲時代から喧嘩ばかり。


私は付き合うときから言っていた。

「浮気はいいけど、暴力だけは絶対にダメ、その時は絶対に分かれるから」と数回伝えていた。

喧嘩はいつも口だった。

けど、同棲中に、初めて平手打ちされた。


私はイカレ狂った

ちょうど、新しいところへ引っ越しが控えていた前日だった。


母に電話をし、友人に助けを求めて、別の小さな部屋をお願いした。

そして、翌日旦那に「good bye」とメモ書きしたものを用意し、引き出しにいれ、

旦那の荷物と、自分の荷物をわけ、旦那がお祈りをしに行く時刻に会わせタクシーを予約した。


そして、旦那がお祈りをするため外出した。

帰りは15分後。

タクシーが来て隠れたところに泊めてもらい、自分の荷物だけをタクシーのトランクに入れた。。。


けど、もう少しのところで旦那が帰ってきてしまった。

私は次の引っ越し先の準備をしている振りして、外に出てタクシーに乗り込んだ。


友人に用意してもらったフラットに避難した。


少し気分が晴れた。

自由だとも感じた。


そして、、、数時間後、旦那はわかったようだ。

私が別れるために出て行ったと。。。


旦那は何度も電話してきた。

でも出なかった。

その晩、朝までずっと電話がなった。


旦那は時折留守電にもいれた。


旦那は電話先で泣いていた。


そして3日目、私は電話を取った、私はもう別れようと何度も言ったけど、旦那は決して了承しなかった。


そして、1度会うことになり、、、また、、、一緒に住むことになった。よりを戻してしまった。


好きだからという理由ではない。同情からだった。


その決断は、、、、私の人生の大半をを決めたのだと後になって感じた。


その続きはいつか。。。

両親が一緒に大阪に出てきて本妻は何もしなかったのか。。。はてなマーク
勿論、母、いや我が家(?)に対し嫌がらせはあった。あせ

 本妻は、知り合いを使って、私の家に行く前に、家の前周辺にペラペラ私達の事を言いふらし、それから我が家に入って来た。
母は何も言わなかった。いえないでしょう。けど、私達子供の事、母の家族のことを言ったときは、母は承知しない。
「こんな、どら猫産みやがって・・・」といわれたようだ。(私と兄はドラ猫・・・ホンネコ「ハイっ」の手
襖を挟んで隣の部屋には父が隠れていた。
自分の子供を言われたことに、母は大激怒し顔・激怒、父に自分の子供がひどい子といわれていることに対し、なにも言わないことに大激怒激怒した。
母はそこらへんの人間じゃない。私もそう感じる。
母はそれなりにシラバを味わっている。ちなみに母は第6感がある。人が死んだ場所、これから死ぬ人、これから起きることは勿論わかっていたようです。
 私は、本妻からの嫌がらせがあったことは20歳になってから知った。

母は悔しかったようだ。母からすれば父を奪ったつもりは無い。
父が、どちらかの選択をしない、けじめをつけないことで起きていることだ。

でも、母はどこか理解していたはず。攻められてもしょうがないと。。。

母は、父が本妻のところへ戻ってくれてもいいと思っていたし、そうしないのなら離婚するなどのケジメをつけて欲しかった。
 父に対し、母は責めたことも多々あった。
でも父は全くもって離婚若しくは、私達から離れようともしなかった。
何故だか分からない。一度、離婚するのに金がかかるからと聞いたことはあったが、、、
そんなことが理由なら、ケチったことで母と私、そして本妻含む周りの人たちの精神的な苦痛がどれだけあったか。
父は一切関心なかった。
不思議なことに父は自分の事しか考えない人である。
私の父をそういうふうに言うのは良くないかもしれないが、客観的に見ても父は自分勝手な自分大好きな人間である。
だから、私達がどうなろうと父は何も関心をしない。
母が入院したり、一時歩けなくなったり、私達に事件が起きたときも、父は自分の夕食、お風呂が沸いているかどうかなど
自分の事だけを訴えては愚痴る。正直あきれ返ってしまう。
そして最近感じたのは、こういう性格は父だけではないということ。父の兄弟は8人いるが、兄弟全員同じなのである。
これは、「父の両親」の育て方なんだろうと、分析した。
現在、父の母(私からすれば祖母)は存命中だが、面倒見る話が去年浮上した。
父以外の兄弟は金銭面での大変助けられているのにも拘らず、面倒を見るのが嫌だということで、兄弟たちは私の父に「長男」だからという理由で、押し付けてきた。
父も嫌がった。けど、母は「いいやん、一緒に住もうよ」と言った。母は父の母に散々言われたこともあった。
でも、母は進んで「お母さん来て貰って一緒にすんだらええやん」と父に言ったが、、、話はそこでおわった。
そして、祖母は老人ホームに追いやられた。
母は最近そのことを知った。

なんで、自分の親を世話することが嫌なのか私には理解できない。
皆が皆である。正直申し訳ないが、祖父母の育て方に問題があったのではないかと。

 父の離婚後、本妻は両親と一緒に父が建てた家にしばらく住んでいた。
離婚は父の弟が弁護士に頼み別れさせた。
そして本妻たちは家から出て行かされた。そして弟は両親にあげた実家の名義を自分の娘にした。
私達は祖父母が仲良く暮らしてくれていたら、別にいいのではないかと考えてた。

母は父の財産など興味は無い。実家だって父が両親にあげた財産はいらないと。
そんなんもらっても、もう田舎で済むこともないし、住みたくないから。

だけど、離婚すまで父の両親と暮らしていた本妻は、父の両親(祖父母)に暴力を振るっていたそうだ。
しかも本妻の子供までもが暴力を振るっていたのだ。

本妻を追い出した後は、実家の名義を弟の娘にした弟は、そこで住み、祖父母の財産、お金を騙し取った。
お金があまりなくなりだすと、弟は祖母を家から追い出した。それが、祖母が老人ホームへ行くきっかけとなった。