とある掲示板で知り合ったオムナイさんという方が前回の記事にコメントしてくださいましたのでここで返事を書きたいと思います。
オムナイさんのコメント
「ご招待ありがとうございます。オムナイです。
モルモン書が証しているのはダメな人間でも最善を尽くせば救われるということだと思います。
https://www.churchofjesuschrist.org/study/manual/book-of-mormon-seminary-teacher-manual-2024/08-2-nephi-3-5/083-teacher?lang=jpn
ニーファイの詩篇
だれでも,誘惑されたり,気が沈んだり,落胆したりすることがあります。預言者ニーファイもそのように感じていました。父リーハイの死を体験し,怒る兄たちと対峙した後で,ニーファイは自分の心の奥底について書いています。ニーファイは喜びも悲しみも表現しました。ニーファイの模範は,わたしたちが現世の課題を経験したときに,どうすれば主に心を向けることができるかを示しています」
オムナイさんへのお返事↓☺️
ニーファイが、誘惑されたり,気が沈んだり,落胆したりすることがあるのは分かりました。しかしニーファイは間違った選択をしたり、間違った方向に人を導いたことは実際にありましたか?モルモン書のなかでニーファイは様々な試練に会いました。
「金銀財宝を置いて荒野でサバイバル生活する」「意地悪なラバンの元へ行き金銀をとられ殺されかける」「荒野で生肉を食らう」「弓が折れて飢え死にしかける」「船を作れと命じられ船を作るための道具から作る」「船が嵐に押し戻される」
兄たちは不平や不満を言うという「当たり前の反応」をしていますが、ニーファイは神に完璧さを求められ完璧に答えています。さらにニーファイは兄たちに暴行を振るわれる被害者であり、ラバンに正義の鉄槌を振り下ろし、レーマン人から家族や宗教、自由を守るために戦いました。
しかし聖書はどうでしょうか?聖書には12使徒たちの不完全さが恥ずかしげもなく隠すぶりもなく書かれています。
「嵐にあい死にそうですと泣き叫びイエスから信仰が薄いと言われる」
「水の上をあるこうとしておぼられかけイエスから信仰が薄いと言われる」
「イエスの例えが理解できない」「悪霊が追い出せない」「誰が偉いかで言い争う」「食料が足りなくてどうするこうする慌てふためく」「再び食料が足りなくなり前回配った食料が残っているのにまたどうするこうするかと慌てふためく」
「イエスを裏切る」「何度も居眠りをする」「3度もイエスを知らないと言って泣き叫ぶ」「イエスが復活すると事前に予言していたのに信じずに嘆き悲しむ」「イエスが復活したと言っているのにきずあてに指をいれるまで信じないという」
新約聖書には使徒らの普通の人間ぶりがたくさん書かれていますが、代わりに他の人々の素晴らしい行いもたくさん書かれています。
「信仰が強いと言われたカナン人の女や百人隊長」「ごくわずかな全財産を投げ入れたやもめ」「十字架にかかるときまでともにいてしとちにイエス復活の良き知らせを伝え回ったマリア」
使徒たちの至らなさと対比する形で他の人たちの素晴らしい行いを伝えており、他をさげて自分をよく見せるモルモン書とは正反対です。旧約聖書でも「敵国に伝道にいけと言われ逃げ出すヨナ」「偶像礼拝を神殿に持ち込んだソロモン」など誰一人完璧な人間はいません。
ではなぜモルモン書では預言者たちが
「他の人が間違っているから自分が正しい」「自分は完璧で優秀」「いじめられる被害者」「正義のために戦う」
人間が気持ちよくなるような構造になっているのか?それはモルモン書をジョセフに書かせたモルモンイエスたるサタンが霊界で救い主の座をイエスに奪われ人々からの称賛や誉れを受ける機会が奪われたからです。人類の贖いを達成するためには自ら犠牲にならなければなりませんが、サタンは人を犠牲にして自分が誉れをうけたいだけだったので退けられ悪魔となりました。だからモルモンイエスは聖書に恨みを抱き、イエスの教えを餌にしてモルモン教会に招き入れ、モルモン書の預言者のようになるためにたくさんの聖典や霊感訳、手引き、テキストをよみか、様々な戒めや儀式プログラムに責任を果たさせ完璧さをもとめ疲れ果てさせます。
さらに教会の教える教会歴史はモルモン書に合うようにジョセフ・スミスやブリガムヤングが「正しく」「被害者」になるように編集されていますので「銀行経営に失敗する」「黒人を差別する」など不完全さが暴露されモルモン書を本気で信じた会員が信仰を失って行きます。
現代の預言者もモルモン書の預言者のように「他人が間違っていて自分が正しく」見せるために「飛行機事故にあったとき他の乗客はヒステリーを起こしたけど僕は冷静だった、なぜなら主にお会いする用意ができていたからなのさ」などといった嘘を捏造したことが暴露されています。
https://youtu.be/ZG3fQn2WTUk?si=VrN1xMMpxohoTW5S
人間だれしもサタンやニーファイ、モルモン教会の預言者のように、「自分が正しく周りが間違っている」「自分は被害者」「自分は正義」でありたいと思っておりサタンはそう思うように人々を誘惑しています。モルモン教会と関係のない人でもだれしも心の中にモルモン書を持っていてニーファイのようになることを望んでいます。
聖書の12使徒も最初は自分が偉く優秀だから選ばれたと思ったかもしれません、しかし彼らの伝えた福音は「12使徒が至らなかったときに周りの人々が見せた信仰の強さ、献身、忠実さ」であり、イエスキリストの教会では完璧さは求められません。なので彼らは心の中のモルモン書を捨て去ることができたのだと思います。伝道の書でソロモンも「たくさんの財宝やそばを集めたがむなしいものだった」と伝えており彼らも多かれ少なかれモルモン書を捨て去ることができたのかもしれません。
神が人生を与えた理由は、モルモン書を心の中から捨て去ることであり、それは普通の人であるペテロにできたように貴方にもできますよ☺️