オッサンの原点「十五少年漂流記」 | 迷えるオッサンの老惨禄

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チェンマイ18年の日誌を中心にやってきましたが、2021年9月帰国、タイトルを変更したいました。

オッサンの原点「十五少年漂流記」

 

 

 

 

 

 

 

私が地理(地図)に魅せられたのは小学4年、上京した父が土産に買ってくれた地図帳だったと思い込んでいたが、昨日愛読書「野呂邦暢」を読んでいて、同時期に彼がRL.スチーブンソンの「宝島」を読んで挿入された宝島の地図に虜になったことを知ってハッと思い当たる記憶が蘇ってきた。

 

私の場合「宝島」に相当するのはジュール・ベルヌの十五少年漂流記」(画像)で、昨日ひょっとしてネットにもとググった結果、当時挿入されていた地図が出てきたが、あれから67年経った今でも地図の細部まで記憶している自身に驚いた。

 

ちなみにジュール・ベルヌは「海底2万哩」・「80日間世界一周」などを書いたフランスの冒険小説家で、「十五少年漂流記」は1886年の作品である。

 

物語は当時英領だったニュージーランドのオークランドにある寄宿学校の小学1~5年の児童14人と1人の黒人少年が夏休みの2週間太平洋の無人島で漂流生活を送る血湧き肉躍る冒険譚であるが、私の興味を引いたのは無人島の洞窟にかつて漂着した先住のフランス人が描いた無人島の地図であった。

 

 

 

 

 

 

 

無人島の名前は少年たちの寄宿学校名をとったチェアマン島で、島の中央に山地に囲まれた大きな湖(ファミリー湖)があって東西の海岸に向かう2本の河川が流れ、西のジーランド川湖口にあるフランス人洞窟が少年たちの宿営地となっている。

 

ファミリー湖は一見火口湖のようだが、南北に細長い淡水の地溝湖で、少年たちが漂着したスルギ(船名)湾背後に最高点の山脈があるが、火山活動の記載は皆無である。

 

、なお、チュアマン島の表題にカッコ付きで(ハノーバー島)となっているが、当初同島のモデルは南米大陸最南端のマゼラン海峡にあるハノーバー島とされた関係による。

しかし、同島はニュージランドから約2万㎞の遠隔地にあって船で行くには3ヶ月を要し、少年たちの夏休み2週間ではとても行けないことが判明した。

 

■その結果、チュアマン島の新たなモデル島探しが始ったが、現在はニュージーランド東方1000㎞沖合に浮かぶチャタム島(上図)が有力視されている。

ちなみにチャタム島は島中央の大湖の存在など「十五少年漂流記」の無人島との類似点が多く、面積は9202で、日本の佐渡島よりやや大きい

 

・・ンで「十五少年漂流記」読了後、オッサンはその後架空の地図作りに熱中していたが、夏休みに上京した父が東京土産に地図帳を購入(確か日本書院のケバ式地図帳だった)、以来ニセモノの地図よりホンモノの地図の魅力に憑りつかれ・・・、

 

大学そして職業も地理を選択、爾来約七十年・・退職後お迎え寸前の今もなお「好奇地理博物誌」なんぞのヲタクブログに嵌っているオッサンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちゃんちゃん