真夜中の談話室(2026/05/10 号) | 「真夜中の談話室」の缶詰

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さて、今回のアオイのひとりごとは「報道の自由」。

 

よく「報道の自由」と言う言葉を聞くと思いますが、これは「国民の知る権利」の上で成り立っています。

 

ですが現在のオールドメディアの「報道の自由」は国民の知る権利を阻害しているとも取れます、これが「報道をしない自由」です。

 

例えば、沖縄で平和学習で女子高生が亡くなった事故の報道と磐越道バス事故に関する報道。

どちらも17歳と言う高校生がお亡くなりになっているのにあからさまに報道の違いがあると言われています。

 

私は10年以上テレビを所有していないので、ネットでの情報とオールドメディアの報道のに対する考え方に違和感を感じます。

 

実際に高校生が亡くなったと言う痛ましい事故にもかかわらず、沖縄の事故に関しての報道が少なすぎると言う話をネットではよく聞きます。

同時期に小学生がなくなる事件があり、テレビの報道に偏りがあったと言う事でしょう。

 

少し前にラジオでアナウンサーの方が「偏るからテレビを見ろ」と言う発言がネットでは問題視されていました。

これは一理はあると思います、ネットでは自分の興味に偏る傾向があるのは本当です。

ですが「テレビ」と限定する事には問題があります。

 

確かにテレビを見る事で色々な情報も入るでしょう。

ですが現在はネットの情報を元にした情報をテレビが流している事の方が多くなっていると思います。

結果的にテレビの情報はネットの情報の劣化版と言えるでしょう。

しかも民放ではスポンサー企業への忖度があるので、偏った情報になる可能性があります。

その為に「公共放送」と言う物があるのですが・・・今や一蓮托生ですからね。

 

これからはネットにしてもテレビにしても偏った情報との付き合い方が大切になります。

自分の知りたいと思う気持ちを優先するべきだと考えています。

 

私は「どちておっさん」なので知りたいと言う欲求の方が強いですけどね。