さぁ、カウントダウン開始ですね。
まぁ、何も起こらないかもしれない・・・。
だが、いわゆる並行世界と言う考え方から言えば、大災難が起こった世界もあると思う。
これから向かう時点で、自分がどの世界線に乗っかるかと言う事。
あの話は「やっぱり、デマ」だったんだと言えるのは「何も起こらなかった世界」。
では、デマについて考えてみると・・・
※「デマゴギー(=ドイツ Demagogie )」の、日本での略。
そう間違った(フェイク)情報が広がる事について、終末思想論と言う考え方が多い。
社会が政治的、経済的に不安定で人々が困窮に苦しむような時代に、その困窮の原因や帰趨を、神や絶対者の審判や未来での救済に求めようとする考え方。
※Wikiより抜粋
例えば、「今の生活に満足していますか?」っと言う問いに、満足していない人がもっと良い世界にあこがれ、希望を持ち出すと今の世界が崩壊して新しい世界が誕生すると言う考え方があっても良いと思う。
ただ、今回の「2025年7月5日」の話は、漫画家のたつき諒先生の「私が見た未来 完全版」が発端だと言う事。
実際に、これ以降に色々な人が7月5日について話し出した。
そもそも、漫画の話を鵜呑みにする人はいないだろう?
漫画はある意味フィクションであり、作家の意見なのだから・・・
でも、これには廃刊となった「私の見た未来」の表紙に「大災害は2011年の3月」と書かれていたので、2011年の3月11日に発生した東日本大震災の日を予知したのでは?と言われている。
この時は「11日」とは書かれていないので、「東日本大震災」ではなくても良かった?
今このブログを読んでいる方の世界線では「東日本大震災」が起こったので予知とされているが、もちろん起こらなかった世界もあるはず。
何も起こらなかった世界線では「デマ」と言う事になる。
ただ単に「何も起こらなかった」=「デマ」ではなく、逆に起こらなかった事を喜ぶ事は出来ないのだろうか?
これまでにも「ノストラダムス」や「マヤ歴」等の何も起こらなかったので、この話は「デマ」と決めつける人もいるけど「危機管理」と「リスク管理」に置き換えて考えてみてはどうだろう?
「危機感を持って行動する事で、最小限のリスクに抑えた。」のではいけないのか?
ま、世界が終ると言う事で全財産を使った人もいたみたいだけど・・・。
多くの情報が乱れる中、その情報の数だけ世界が存在する。
だが、私たちは未来を選べない。
だからこそ都市伝説テラーとして知られる関暁夫さんの決め台詞「信じるか信じないかはあなた次第です。」と言う言葉が生まれたのではないだろうか?
今は自分がどの世界へ行くのか?楽しみでもある。
・・・っと、私の独り言でした。
って事で「NotebookLM」さんに深掘りしていただきましたw
