「We are REDS!We are REDS! We are REDS!We are REDS!」
埼玉スタジアム2002が揺れていた。
6万人もの人の熱気と興奮で揺れていた。
俺もその熱気と興奮に酔いしれていた。
声を枯らし「We are REDS!」というおまじないを叫び続けていた。
これでようやくサポーターの一員になった、そんな気がした。
2007年シーズンから、Jリーグ Dvision1の浦和レッドダイヤモンズのサポーターになりました。
最初に会社の同僚に連れて行って貰った際、真っ赤に染まるゴール裏を見て震えた。
甲子園みたいだ・・・と思った。
自分は中学・高校・専門学校と9年間、大阪に住んでおり、その頃は大のプロ野球好きでした。
元々は東京生まれの千葉育ちで、父の転勤の為に大阪に行ってもずっと巨人ファンでした。
甲子園に行くときは阪神―巨人戦しかありませんでしたが、ライトスタンドだけでは埋め尽くせない熱狂的な虎党が左中間スタンドまで埋め尽くされる様を見て、内心「羨ましい」と思っていたものです。
甲子園で響き渡るメガホンの音、手拍子、怒号、その音が一体となってスタンドが揺れていました。
勝っても負けても。
甲子園に行くと完全なるアウェー感を味わい続けました。
いつか東京ドームに行ってホーム感を味わってやる!と思ってました。
就職して埼玉に住み始めたある日、東京ドームの巨人戦を観に行く機会がありました。
が、思っていたほどのホーム感がない。
甲子園と比較出来ない程、圧力がない。
非常にガッカリした覚えがありました。
羨ましいと思っていた、スタンドが揺れている現象が埼スタで見ることが出来ました。
それも野球ではなくてサッカーで。
あの揺れの一部になれるのかな?
浦和レッズに興味を持った出発点でした。
試合に連れて行って貰った後から、テレビ中継でレッズの試合を数試合観ていました。
チャント(応援歌やコールなど)も口ずさめるようにもなり、選手の名前やポジションを覚えられるようにもなりました。
レッズで一番最初に好きになった選手は阿部 勇樹選手でした。
とにかく身体を張って献身的にプレーする、その仕草に心ガッツリ掴まれました。
好きな選手が出来ると、やっぱり生で観たいと思うもの。
同僚にお願いして、もう一度連れて行って貰ったのが、最初に連れて行かれた3ヵ月後のこと。
そしていきなりの北ゴール裏デビューを飾ったのです。
(埼スタには北と南と呼ばれる自由席があり、北は熱狂的なサポーターが集まり、スタンディングスタイルで応援、南は家族連れなどが座って見れるようにと棲み分けがされています)
その念願の揺れの中にいる気持ちよさたるや・・・。
感無量でした、けどその日の試合は負けました。
その後、3試合ほど埼スタに行き、すっかり身も心もレッズに染まった頃。
忘れもしない2007年11月14日。
アジアチャンピオンリーグを制した日。
周りにいたレッズサポーターの歓喜の涙を見て、もらい泣きをした日。
いつかは俺も、喜びの涙を一緒に流したい、という目標を持ちました。
その後訪れた浦和レッズ暗黒時代。
オジェックの時も、ゲルトの時も、フィンケの時も、ペトロの時も、堀さんの時も、自分はこの5年間耐えて来たと思っています。
だからこそ、今、ミシャが監督になってくれて、結果がついてきてることに至福の喜びを感じております。
文章冒頭の、「We are REDS!」は何度聞いても鳥肌が立ちます。
このひと言が気持ちを、スタンドを、グワングワンと揺らします。
憧れ続けた甲子園に負けず劣らずに。
きっと俺は、この先もレッズを応援していくことでしょう。
それこそジジィになっても「We are REDS!」と叫んでいたいと思っています。
支離滅裂で奇天烈な文章ですいません。。。