おもしろい!

…さきほど、NHKの「ドクターG」を観ていました目

前回たまたま観たときに、名古屋大学?の先生が出ていて、
最後のまとめのお話で なんともすばらしいことをおっしゃっていて、

「ほうっ 名古屋(ようするに愛知県民として)に
こんなすばらしいお医者さんがいるとはっキラキラ」と感動したのと

今日は「肩の痛み」とタイトルがあってちょっと興味があって

(普段、ヨガの最後に会員さんの肩を押させてもらうのですが、
基本的に“右肩は肝臓”“左肩は脾臓”の疲れまたは負担増の現れだと、
経験的に思っていましてグッド!

あ、それぞれの肩が重いんです。固いとかね。
感じによっては純粋に筋肉の使いすぎなこともある得意げ)

それで、ちらちら見てました。

らっ

ま、たまたまほんとに「肝臓周辺の炎症」からきた(根本原因はさらにあったのですが)
右肩の痛みだったと判明したのですが、

まーそれはたまたまそれだったとして

やはり最後の“先生のまとめ話”で

なんと。


ってここでオチ(?)の前に前置き

→こぼれ話①で触れていました“ブッダ”の言葉…ようするにそれが仏教なのですが、

もともとヨガで行なっていることは仏教とつながっていると考えているワタクシ、
最近その“瞑想”というものを見なおしていました。

(その話は①をどうぞ って途中かけですけど得意げ)

で、徐々に理解を深めて ヨガの取り組み方にも 反映させはじめているのですがDASH!

あ、ヨガのときだけではなくて日常のなかでもですが目

そのときにポイントと捉えはじめたことのひとつが
『感情に振り回されない』ということ

…簡略化して言ってますが得意げ

感情の幅が広いのは、魅力的ではありますが
振り回されると、疲れます。

って誰が?…「(自分の感情で、)自分が!!ショック!走る人

ま、ここにはもうひとつ隠れたワード
『自分勝手に必要のない想像をする=妄想』
もあって、

感情にひっぱられすぎると、“持たないほうがよい考えを増幅させる”ことになりがちですし、

そもそもそんな考えをめぐらせることは、“疲労”の元。

ようするに“必要のないストレス”を自分で増やしているわけですショック!ショック!


はい。
というわけで 日常過ごしているなかで起こる感情に、ひっぱられすぎない
(あるいはその中に浸りすぎず、離れる)

…というようなことを、考えていたわけです


さて「ドクターG」に戻る!!走る人にひひ

今日の先生は、“問診のスペシャリスト”みたいな紹介をされていました。

その先生が最後に言った「ポイント」!そこに!

『感情を入れないで判断する』んだということがっ目耳

…患者さんの話を聞きながら(なんか怖そうな方だなぁ)とか…

あ゙~、、、あと失念しましたショック!(一個だけかよ 苦笑)

とにかく“主観に基づく判断”…ようするに“自分勝手な想像”
…まさに上に書いたこととかぶりますよ、たぶんニコニコ

そういうものが『“ほんとう”を見えにくくすることがある』

っておっしゃってましたDASH!DASH!

ビンゴ!ひらめき電球

と思いました


あ、何がってもちろん、ブッダの言っていることの中で
ワタシが気にしはじめた“感情”のことをその先生が言っているわけですが、

ようするに『きちんと判断のする=ほんとうを見る』ってことの邪魔になるかもよ、

ってのはまさにブッダの言っていることのひとつを先生の経験からお話されたわけでラブラブ!グッド!


…今日、実はほかにも ビンゴ!に近いことを
普段読ませていただいているブログ記事にも発見しました目

が、こちらは ビンゴに近い、ってことで 説明が要るので(ワタシ的に得意げ)、またパー


いやぁ。やっぱりそうなんですねべーっだ!
ヨガについて①のあと なかなかまとめられずガーン

それこそ雑務 というかやること のが先にやんないと~
でもダラダラもしたい 笑

みたいな感じで進んでませんので、最終的つながりはあるんだけど
とりあえず こぼれ話ひとつ

というか最近の発見&研究中&ちょっと実践中なことの、“瞑想”のこと目耳

お疲れもあったけど、たまに“人のツヨイ感情の振れ”にやられることのある気がするワタクシ得意げDASH!

いろいろ考えていたら こないだNHKで『100分de名著 ブッダ真理のことば』をやっていて

基本的にヨガでやっていることは仏教と関わりがあると思っているし

ブッタの教えに興味があるので 観たら
最終回の、最後のしめ方が イマイチわかったようなわからないような?

で…つまり、たぶん悟りをひらくため というか 普通の人でもそれに近いことに近付ける
ということだけど、そのためどうすればよいか?というその方法が、

サラっと流された(だか、ワタシのなかに入ってこなかっただか)ので、

前から持っていた“現代人のための瞑想術”的な本
(あやしく聞こえるけどガーン全然まっとうなわかりやすい本)をひっぱりだして読み返してみました。

そうしたら、ま、悟りというかようするに「よい状態になるため」の瞑想には2種類あって、

どうやらワタシがヨガで導いているところってのは“第一段階”かもしれない、と目思いまして。

そしてその第一段階は、確かに大切なのだけど、《根本治療にはならない》ということなのだ。

ふむふむ。

初読(などと言うか知らないがべーっだ!)したときはわからなかったことが、わかってきたかも。

《根本治療》つまり悟りともいうべき状態をつくる 瞑想の考え方・行ない方には少し、違いがあったのら得意げショック!

今、それを少しずつ理解しつつ、ちょっとちょっと実践中DASH!DASH!

あ、なにも“座禅組んで”やるだけが瞑想ではなくって

“何をしていても”“考え方”“捉え方”ひとつで、その第二段階の瞑想(考え方だね)は実践可能なのでふべーっだ!グッド!

はい、これ今書いている前記事とも関連してますねべーっだ!

理解すすめつつ、書いていきま~す
ブログテーマ設定のひとつに“ヨガなど”って作ったのに
ひとつも書いてなかったmayで~す

毎日の自分の体調や、会員さんとヨガクラスを行なわせていただいたりすることで、
思うことは ちょっとずつたくさんあるのだけど、

なかなか「これ」といって書くテーマにまとまらなかった。
(というより、他のことに気をとられていた?ガーン)

ま、なので今日もとりあえずは あまり何もこだわらず
最近思ったことのなかから書いてみる。

<自分のからだに対する意識の話>

っていきなり 難しそうなお題目じゃねか?笑

…話が飛ぶようですが、がんらい“自由人”なワタシ(あまりそういう自覚はないのですが得意げ)は、
たまに『自由とコドク』(←孤独、です、ええ) というテーマ?に突き当たります。

よく言われるようにたぶん“自由”と“孤独”はセットで、
そういうことに関して考えるワタシは、たぶんそういう状況のなかによくいる、
ってことなのでしょう得意げ

(ただこの“自由”ってのは言い換えると“マイペース”というようにも言える気がするDASH!)

さて今は、その『自由と…』ってんがテーマではなくて(またいつか書きますわ~)

あるときワタシがそのワードで ググってみて 出てきた文献というか、文章があって

だいたいそういう分野は心理学のなかではもちろん語られるわけで
その文章も ユング心理学をベースに、とあったのだが

その中からさらに、ワタシ的意訳で抜き出し書きますと

『人が自分の本質に目を向けようとする行為自体が、
世の中から“個”として独立すること=必然的に孤独になること』
という図式ができ、

その『本質に目を向ける』行為は、自然にこどもの頃からあるもので、
「ワタシはどうして生まれてきたの?」とか「どうして人を殺しちゃいけないの」とか

思春期・青春期になれば特に「なんでワタシは生きているの」という
人としてあたりまえに沸き起こってくるクエスチョンである。

ただそういうことに目を向けると、自然と上にあげた図式にはまる、ということになり

だいたいの大人は、“日常の雑事”や“日々を生きることで起きてくる処理課題”に時間を費やし、
そういった『本質に目を向ける=コドクになる行為』から、逃避することができているわけである…


で。その『本質に目を向ける』とか『そういう本質的なクエスチョンが沸き起こる』のは

“無意識”的に生きている幼児などには無理なのであって、
『意識する。』…つまり『“ワタシ”って存在を、世界と区別する』ところから、

『大人』になっていく…というわけだ。

で!何が言いたいかっていうと、
『ヨガ』ってのはある意味「世界と自分を区別しない感覚」を思い出すこと
をさせていると思うんです。

つまり“無意識の幼児”のように、とても感覚がやわらかくて
自分とその周りのものに壁がなくて

つーつー(意味わからんなべーっだ!)な感じ。

いわば“ストレス”がないってことかな。

3つ子の魂、百まで というけど それくらいまでのことかな?

壁をつくらない ココロとからだ です。


さてまた前述の文章に戻って、『本質に目を向ける=本質に“目覚める”』ことだとして、
それが『無意識から、自分という意識をもった状態に“目覚める”』ことと
リンクしているとすると、

『自分のからだ』の意識に目覚めるのも、また同じ時期だと言えるんじゃないかな?

と思ったのだ。

(うーん、説明が難しいっ また書きなおしますニコニコ)

つまりね、ヨガをしていると、『自分のからだの感覚に敏感になる』
=『感じて、把握することができるようになる』わけだけど、

多くの大人が『日常のなかでそれをないがしろに』している、と思うわけです。

でも、上に書いたことから逆説的に言うと、
『大人にならなければ、自分のからだ感覚に気付くこともできない』
わけですよ。幼児が、大人ヨガクラスを受けられないのと一緒ですわな得意げ

で。自分自身のことも含めて思うのは、
『大人になっていく過程のなかでの“トレーニング”として“自分のからだ感覚に耳を傾ける”』
ってことが、足りていないんじゃないか?…とあらためて思ったんです。

あ、まぁ現代社会においてなのか、昔も今もそうかわらないのか、
そこまでまだ考えが及んでませんがDASH!

あ…でも今思いました、

よく“道”とつくものを習っている方が…例えば「(ヨガが)華道をやっているときの感覚に似ている」

とおっしゃることがありますが、

もしかしたら そういった日本ならではの“道”とつく習いごとには、
『“気”をコントロールするためのトレーニング』が含まれていたのかもしれないな、と

あ、今書いた“気のコントロール”というのがすなわち「からだ感覚をとらえる」こと、
という意味ですけどね。

あー長くなってきた!

つまり、『からだ感覚をとらえるトレーニング』というのは、
こどもが大人になる過程で、やったほうがいいってこと。

あ…違うんです、こどもが『そういう感覚がない』んじゃなくて、
むしろ『本能的に鋭くもっている』んだけど、

それを『大人仕様にうまく移行する』ってことなのかなぁ…?ガーン

あー時間切れDASH!また書きます!
しさ、なんて格好いいコトバ使っちゃってっDASH!

あ、冒頭よりひとりツッコミ

いや、前回の記事が基本霧な感じでしたのでガーン少しはその中でもよいことをニコニコ

(ようするにワタシはちょっと疲れているみたいですー)

人から言われたことが気になる、のなかには 数種類のものがあって

ひとつ、「あ。」と気付かせてくれた 何気ない相手のひとこともあるってわけで。

自分を客観的にみて、以前の自分と違っていることとか。
(まー基本外からみたことなんだけど、自分の大事なことにつながる事項)

歳とった!とかそーゆー単純なことではなくてねべーっだ!

うん、なので 言われてそのときなんか落ち込む~ダウンって思っても
結局忘れちゃうこともあれば、忘れないで気になることもあるわけだ。

ということで、ひとつ、気付いたことがあった ってわけでしたべーっだ!

前向きにね、とらえるべきこと。

そんだけグッド!
なんでしょー最近のワタシ。

先日めずらしく?PMSを感じたと思いましたが

やっぱり秋だからでしょーかしょぼんショック!DASH!


ま、8月末の企画に向けて たくさんの人に会って

その中には懐かしいつながりとか、発掘したつながりとかあって、
とってもうれしかったり 感謝感謝だったり

いろいろあるのですが、

そうだなぁ やっぱり、一緒に活動時間が長くなる仲間というのでしょうか、

とのやりとりの中で、やはり互いの“慣れ”もあってか

まーそうね、ちょっとキッツイ評価だったり感想だったり、
まぁご鞭撻というのかも知れませんけど、

そういうニュアンスを聞くこともあるわけで。

なんだかそーゆーのが、やけに気になっちゃったり。するわけです最近のワタシ得意げ得意げ得意げ

ゆらぐ、というか。

ま、ね 意外と(でもないけど、)
こういう「自分を表現する(自分では意図しなくても)場」

って、まわりからなんやかんや 評価されたり、
自分でほかの人と比べちゃったりして、“ゆらぐ”ことはある。

ただ、最近のワタシは いろんな場面で なんつーの“突っ込まれ”ることが多いというか

辛辣なひとことを いただくことがたびたびありましてニコニコニコニコ

いろんなことに あまりにも無防備?
(これ、この前のつぶやきともつながりますな、言ってること被ってるかしら)

まーとにかく、たまに訪れる…『may、(社会的存在として?)ダイジョブか?ガーンショック!…』な、ゆらぎ期でせうか

少しすれば忘れることでもあるけど(たぶん)、
基本的にビジネスライク?ビジネスマナー?みたいなこと
指摘されたりすると あほなんですけど落ち込むんですよねニコニコニコニコ

って何書いているかわかんないやー!!

いいのかこんなのアップしてべーっだ!
おー。ひさびさに、自分が動いている姿をビデオでみた目

先日(って、もー3週間経ってしまった走る人)のダンスワークショップの様子を撮ったビデオ。

昔東京で受けていたことを彷彿させる、コンテンポラリーダンスレッスンコースを
ワークショップの最後に受けることができたので、ちょっとそれをみてみたくなってニコニコ

ま、2日間のワークショップ始まる前から、すでに疲れがやばくて、
このコースはワークショップの最後の“だだ疲れ”状態(←BY眞子さん:指導者)ではあるのだが。

やっぱ…ダンサーとしての訓練?とかそういう執念?みたいのは、
27、8(歳)で置いてきた…みたいな感じで、

今は“毛がはえた”くらいですなニコニコ笑 と

ただ、ふたたびそういう“からだを自由に動かす”訓練というか、
そういうことをやってみてもいいかな ともちょびっと思ったべーっだ!

(今は、自分のヨガで気とからだのバランスをとって、
たまのめっちゃ基礎バレエエクササイズをするくらい。)

ただその分、“自分は素人”みたいな開き直りっていうのか、

今度みんなで観ようと思っていた「ことばからダンスをつくって踊る」っていうワークショップの発表踊りでは、
(思わず先に観ちゃったわけですがべーっだ!)

参加者がその場でつくった振り付けを“必死に忘れないように”踊っている、
っていうのもあるけど、(よーするに勢いっす!グッド!)

なんか、“いい表情して”踊っていた(←あ、念のため ワタシのこと)笑


確かに、今回ワークショップで感じたのは、
“2日間で振りをつくって発表までもっていく”っていう勢いもあったし、

“みんなでつくった”というのもあったし(これは指導してくださる眞子さんなども含めて)

音楽も好きだった(♪デイドリームビリーバー)し、

歌詞にあった振り付けなわけなので、自然に感情移入するというか、
(そういえばAKBの振り付けも歌詞に沿っているんだってねニコニコ)

…なわけで、ようするに…『なんか開放されたっくもり得意げ』って感じがしたわけであります。

そういうのって、ちょっとひさびさな感触。一応エンターティメントな発表において。

それ(発表)自体、基本そんなにあることはないけど、2010年にりぶらでやったときより、(解放感)あったな。

…あ、で ワタクシ一応この会の“代表”なるものを務めていましたので

ワタクシの一番苦手な『ごあいさつ』ってものも、したわけですよ。
っていうか映っていたわけね、観てないけど、観られないけど…(恥じゅかすぃ~ラブラブ!ので)

でも一瞬ちらっとみえちゃったわけですが 笑、
そのとき(あらワタシ、結構“声”よくね?)って思ったの 笑!

一応職業上、声はダイジなので、そうだったら うれしいことだな、
とそこだけアップ 笑

ま、わかんない もう一回ちゃんと聞いたら得意げフツー って思うかも


…という、ひさびさの自分客観視(外見、ってことかな)な感想記。

ほんとに超つぶやき兼ひとりごとべーっだ!ですた
そんで気付いたら 美容院に4ヵ月いってなかったショック!

(間にいちど自分切り美容院チョキ)

でしたが、そのまま、宣伝媒体の取材も受けちゃうしっ 汗

しかし本日 さすがに落ち武者具合のひどさに気付く!!

そうかー ってことはやっぱり4ヵ月結構がんばったんやなワタクシ
最近のわたし

ひとの 過激な反応? もしくは私が過激に感じすぎる?

の、アレルギーかも…ショック!

もしくは ちょっと恐怖症

こころが疲れているんでしょーかねヤハリショック!

…って朝書いていて、午前のヨガして みなさんと接して
だいぶ晴れた。

あーでも、やばい 完全に髪の毛 落ち武者だ(←ってコレ関係ねーDASH!)

でもなー。

そうそう、ワタシ今年天沖殺なんですよね

笑 あの昔 大殺界 で流行ったところの木星星人?ニコニコ

ははは

天沖殺は、“天が味方してくれないとき”とか“季節でいうと冬だったり嵐だったり”

“お家に屋根がなくてフタがあいちゃってる”みたいなことでもあると言われます。

最近のワタシがなんというかある意味それかなと

相手のちょっと刺つきコトバ(100%メールですけど)が、
ずどーん!!と来ちゃう

しかもかなり不意

もちろんワタシのことばに反応してのことなんですから、
起因はワタシなんでしょーけどねショック!ラブラブ!

いやぁ…ここからまだ少し イベント控えてるど

あまりコワイこと、起こらんでほしいの得意げ

とめずらしく警戒心強めなワタクシ

あ…PMSか?ちょびっと得意げ
こんにちは得意げ

ケイタイからほぼ書き込んでいるワタクシですが
PCをみると“半角カタカナ”は微妙だなと気付きべーっだ!

はい、

前回から書いていることの続きといいますか。

その本質部分といいますか。

気付いた図式がありましてDASH!DASH!

『プライドというものは、あまりよろしくない表れ方や方向にいくと
“見栄”や“自己保身”というものになる』

…ってまぁ当たり前のことかも知れませんが得意げ

そこに『ワタクシがそういった類の相手のプライドを、えーい!と刺激してしまう』
という図式があるようなのです。

これは、ほとんどの場合 無自覚です。
特にこれは“対大人”に関して当てはまるようです。

対して ちょっぴり自覚があるのは特に“こども”に対してですニコニコ

ようするにこどもは、ある程度どんな子も“自分に対して素直”なので、
その子の態度や行動で、(あ、この子は傷つくことに敏感なんだ)

…具体的に言えば「自分が自信をもってやれる(成功する)ことじゃないと人前でやらない」

あ、これ体操指導しているときの話です、主にDASH!

ようするに「恥をかきたくない」ってことになるのかな?
ちょっと自意識も高めですねニコニコ

でもこどもがカワイイのは、それでも「体操がすき」だから、「がんばろう」と思う姿勢がでてくる。

そこを越えられるかそうでないか。そこには本人の“ガッツ”が関わってくると思います。

なのでワタシはその“ガッツ”を導きだしたいんですねグッド!

んなことで負けるなよぅっ、的な。

まぁこれには、“親御さん”=お母さんがほとんどですが、
の態度がまた関わってきます。

なので、当人(こども)+お母さんの態度両方で、ワタシのアプローチも変わります。


さてさて、本題は“対大人”ですガーン

これは、一言でいうと『わかりにくっショック!』…です。

顔で笑ってココロでなんとやら、この場合“怒”ですかねガーン

ワタクシあまり“裏”を読みませんので、
“表と裏”または“体裁と内情”のギャップがある方(なのだと思います)
の、この地雷を知らず知らず思い切し踏むみたいで!!

たまに ドカン目台風雷 おふっ(←ワタシ)…ですよ

特にこの4年半、自分でスタジオをもって 仕事をはじめてから、
これまで数回、起こりました~ガーンま、そうね今回いれて3回目くらい

“学び”ですかね~ガーン

特に“ヨガ”なんかしてますとですね、「いかに自分の本来の姿と違わない在り方をするか」
なんてことに必然的に相対していますので、

その傾向が強くなるのでしょうかべーっだ!ニコニコ

もちろん、そういうことって無理強いしても意味ないと思うんですよ

ただ、自分として そのほうが ヨガとかしに来てくれる方に
ようするに“自然に”相対することができるので、
“自分に”無理がないってだけ。

無理があると 続かないもーんラブラブ!

さてとりあえずはこの考察(ワタシのまわりで起こる図式の)、ここまでにしとこDASH!DASH!

また書くかな?ニコニコ