0505のブログ -2ページ目

0505のブログ

ブログの説明を入力します。

さよなら渓谷

ふざけたバイトして、酒を鱈腹呑んで良い気分で見始めたのに、2時間経った頃には完全に酒が抜けてしまった。
娯楽の為の映画を、何故こんなに痛い思いをして見なければいけないのかと思った。何故こんな痛い思いをして映画を創っているのかと、思った。この映画は、娯楽ではなくて教育なのかと、もはや映画をみたというよりは、登場人物と、直に会い、感じ、触れ合ったかのような生々しい痛みと生を感じた。

真木よう子の演技よりおっぱいの印象しかなかった今までの自分を殴りたい。
大西信満の目が凄かった。目だけで充分だった。

女性の体は、新しい命の宿る大切なものだ。
そうだ、どうして女性を大切にしなければいけないか、なんて、生命を創り出せる世界で唯一のものだからだ。そういう神聖なものに対する敬意のない人、ない仕組みは、なんて虚しい。

つかこうへいの、「人は幸せになるために生まれてきたのです。」という断言の言葉が、私にはまだ断定出来ない。
さよなら渓谷の二人は幸せになることを許していないし、一度骨の髄まで不幸が染み付いた人には、その残り香がいつまでも残るものなのか、と思った。彼は最後、幸せになることを望んだのだと思った。果てしなく血にまみれた生活の中で、かなこを愛してしまった事だけが幸せなのではないかと思った。人は幸せになるために生まれてきたという言葉を、信じられたら。
幸せという概念が人間にしかないという事が、私にとっては複雑過ぎて理解しきれない。
生きているうえに、幸せまで望める幸せと傲慢さに、覚悟が決まらない。
人としてどうこうの前に、人って何…。


そして私の大好きな椎名林檎ちゃん。
幸先坂。

これだけ苦しい、希望の光があまりに少ない二時間の中で、最後にあの詩を持ってこれるのは、林檎さんしかいないと思った。林檎さんは信じてるんだなと思った。
そういう大きなものを信じきれていないとあんなエンディングはつくれない。
何があっても朝がきて夏がきて、生命は生まれ変わって、死んでまた生まれる。
そういう偉大な世界の繋がりの一部でしかない私達が、あまりに大きく、尊い。


普段からこんな偉大なテーマを胸に抱えて生活をするのは大変だけど、せめて人を愛する時くらい、生も性も、自分なりに真摯に考えて向き合うべきだと思う。