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不妊治療日記

1974年生まれです。低刺激系のクリニックでは空胞続きで8ヶ月の間に2コしか採卵出来ませんでした。 両角LCに転院したところ、2回の採卵で7個の胚盤胞ができました。そのうちの一つを2013年12月に移植し人生初の陽性判定☆2014年8月、無事元気な男の子を出産しました♡

お久しぶりです。
 
9月から猛烈に忙しく、方々からあれやこれやとシゴトが飛んできて、必死で打ち返しているうちに年があけました。
 
クリスマスもお正月も仕事が動いていて夫も不在で、わさわさしていたので、先日24日に1ヶ月遅れのクリスマスを祝いました。
 
ご存知の方もいると思いますが、夫は日本人ではないので、クリスマスは祝わないと「年を越せない」ようです。
 
そんなわけで、夏以降今月の初めまではとにかく走り続けていまして、妊活どころではありませんでした。
 
うちの保育園に入っていない2歳児と、次から次へとやってくる仕事の間で、くるくる回っていたら季節が変わっていた感じです。
 
一息ついての、先週の金曜日、生理きました。
 
D3にあたる日曜日は両角先生はお休み。そして、D2の土曜日には友人とのちょっとした約束がありました。
 
「どうしよう。。。」とは思いました。
 
一応、気持ちとしては、「仕事のピークが過ぎて、もしD3でFSHが14を切る周期があったらもう一度採卵しよう」と思っていたので。
 
それも42歳中限定で。
 
ということは、10月までなので、チャンスはあと数回だけ。
 
本当なら今週期かもしれないのだから、D3でホルモンチェックには行くべき所。
 
でもでも、友人との約束が、その友人の音楽会を聞きに行くというものだったこともあり、チケットのこととかね、なんだかドタキャンしづらくて、今週期も見送ってしまいました。
 
もちろん、妊活第一にしていた時だったら、申し訳ないけど銀座を優先していたと思います。
 
D3が日曜日じゃなかったら、行っていたかもしれません。
 
でも、、、気持ちが向かわなかったというのかな。
 
そこまで、アクセルふかす気持ちになれなかったです。
 
年齢と、今の生活と、お金と、諸々考えるときっと、この子を授かれたことに感謝して、この子だけを大切に育てていくというのが、大人の懸命な選択なんだろうと、実は頭では思っています。
 
でも、息子が可愛くて可愛くて、もう一人会いたいという、大人気ない気持ちもあります。
 
昨日、大好きな友達が第一子を出産し、別の大好きな友達が3人目出産に向けて産休に入ったという連絡がありました。
 
いいなぁ新生児。
 
まだまだモヤモヤしている42歳3ヶ月ニヤニヤです。