不妊治療日記

不妊治療日記

1974年生まれです。低刺激系のクリニックでは空胞続きで8ヶ月の間に2コしか採卵出来ませんでした。 両角LCに転院したところ、2回の採卵で7個の胚盤胞ができました。そのうちの一つを2013年12月に移植し人生初の陽性判定☆2014年8月、無事元気な男の子を出産しました♡

Amebaでブログを始めよう!

妊活を終えた時は、「もう一人欲しかったなぁ」と、いつまでもクヨクヨするのかと恐怖を感じていました。

 

でも今は、自分が二児の母になれなかったことに対して、悲しくなることはほとんどありません。

 

おそらく我が家には、三人家族がちょうど良いサイズで、それ以上になると無理や我慢が多くなっただろうなと思うんです。

 

とはいえ、前回のブログに書いた通り、きょうだいという存在は、どんな無理や我慢にだって値すると思っているので「結局ひとりっ子になってあーよかったよかった」と思えている訳でもありません。

 

不意にチクっとしたり、「やっぱりもしもあの時こうしていたら?」と考えてみたりすることが、ゼロではありません。

 

それぞれその時点で、精一杯考えて、出来る限りの行動をとって、決断をしての今だから、三人家族が自分たちのカタチなのだと、切り替えて行けてると言うところでしょうか。

 

きっと今後も、急な不意打ちにあって「こんな気持ちがまだ残ってたんだな」って思わされることがあるのでしょう。

 

今一番、切なくなるとすれば、息子がきょうだいのいるお友達を羨ましがる事です。

 

最近では、それさえも徐々に「息子の運命」だと割り切れるようになりました。

 

人生何もかも思った通りに行くわけじゃない。

 

ひとりっ子という自分の運命をしっかり受け止めて、自分で乗り越えて行って欲しいです。

 

移植の日、私の体の外で、殻を出て育っているひょうたん型の胚盤胞を見た時にも思った事ですが、この子はもう私じゃない。

 

当時のブログにも「このコはもう私の一部ではなく別の命」「このコの運命はこのコのもの」と、書いていました。

 

それまでは「カフェイン控えよう!」「身体を冷やさない!」「運動しなきゃ!」と、私の細胞の問題だったけど、あの日の孵化中胚盤胞は、もう私の細胞ではなく、他人でした。

 

息子がひとりっ子であることは、私が悲しがったり、「お兄ちゃんにしてあげられなくてごめんね」なんてどんよりしたりすべき事じゃない。

 

彼が自分で向き合って、彼の人生を豊かなものにしていって欲しいし、そうできるように精一杯支えたいです。

 

かく言う私もひとりっ子。

 

同じ両親の元で育った同じ立場の人間は他に居ないけど、例えば、不妊治療中の気持ちを共有できる友達にはこのブログを通じて出会えました。

 

「いつかママ友になろうね」と言っていて、本当にそうなれたブロ友さんもいます。

 

フクザツな気持ちを共有しつつ、一緒に子育てできる、貴重な大切な友人です。

 

あの時ブログを始めた自分を褒めつつ、ブログを読んでくださったみなさんの幸せを祈りつつ、私の「不妊治療日記」は終了します。

 

来月息子が5歳に、3カ月後に私が45歳になります。