一行は廃屋の工場から朱莉が手配した車に乗り込み、どこかに向かっていた。
「おい、朱莉?一体どこに向かってんだ?」
廃工場でついていくことを了承した朱莉だったが、何かあった時に「暴れられては困る」という理由で、真優は両手首をまるで手錠でもかけたかのようにロープでぐるぐる巻きにされていた。
強引に車に放り込まれた揚句、おそらく朱莉に貸し与えられた部下と思われる、両脇に控えたガタイのいい男どもに挟まれ、窮屈そうに身動ぎする。
「まったく、うるさい方ですわね!もうすぐ着きますわ」
朱莉が金切り声で言い放った途端、車が目的地に到着したらしく、路肩にきれいに停車する。
「さっ、着きましたわ!お降りになって」
口先では丁寧な言葉遣いながら、視線ではスーツ姿の部下に真優を連れてくるように命じる。
当然、指令を受けた男たちは腕を引っ張って、無理やり車外に引きずり出そうとするが、この扱いをもちろん真優がよしとするはずがない。
「……ってぇなっ!だから、そんなに引っ張んなって!」
車から降りるなり、屈強な男の手を振りほどくと、自分で歩けると言わんばかりに朱莉の後を追った。
「朱莉さま」
その頃、朱莉は石階段の前で事前に待ち合わせていたのか、崇也や櫻と顔を合わせていた。
「櫻さん、崇也、御苦労さま」
「朱莉さま、これを」
労いの言葉をかける朱莉に、崇也は二つのマスターキーを差し出す。
「崇也、ありがとう」
にっこりと微笑みかけられて、崇也は気恥ずかしそうに小さく「いえ」と呟くが、それが果たして聞こえていたのかどうか――次の瞬間にはいつもの不遜な女王のごとく「参りましてよ」と二人をも引き連れて階段を上りはじめる。
その様子を後方から見ていた真優は、石段を目にして驚いた。
「ここって……まさか、学校?」
「そうですわ、ここは斎槻高校……私たちの学校です」
呆然と声を上げる真優を振り返って微笑むが、その表情に得たいの知れない何かを感じ取って、真優はごくっ――と生唾を飲み込む。
「朱莉さま、なぜあの方までお連れに?」
朱莉と一緒になって振り返った櫻が若干驚いたように耳打ちするが、朱莉は何も言わない。ただ、その肩にポンっと手を置いて先へと歩を進めた。
朱莉が向かっていたのは、高校の正面玄関や生徒専用の昇降口ではなく、隠れた入り口とも呼べる一階渡り廊下の扉だった。先ほど渡された鍵の一つはその入口の合い鍵だったらしく、朱莉は何の躊躇もなくガチャリと鍵を開けた。
(校舎の中に入って、一体何しようってんだ?)
何やらきな臭さが漂い始めたことに、真優は不審げに眉をひそめる。
校舎に入ってすぐの場所にあった階段を上りながら、真優の表情の変化に朱莉も気づいていたものの、ここでは何も言わずにただ目的の場所を目指して歩き続けた。
二階に上がったところで廊下に出て、一直線に目標の部屋まで歩き、ある部屋の前でその足が止まる。
崇也に渡されたもう一つの鍵で扉を開けば、そこは真優もあまり入ったことのない校長室だった。
(中学の頃はよく呼び出されたけど、高校では不思議と縁がなかったからね……)
「さて、問題はここからですわね」
全員が室内に入ったところで、朱莉はこれからが本番だとでも言わんばかりに突然腕を組んで思案顔になった。
朱莉が渋い顔で睨みつけているのは、扉を入ってすぐの太い柱にかけられた細長い一枚の額に入った絵画だ。内容にどんな意味があるかは分からないが、一見したところでは崖の上から満月の映る海を臨む中世の日本貴族と、それを別の崖から眺める猫、といった構図のようだ。
「ここが例の道への扉になるはずなんですけれど、どこにも〝カギ〟になりそうなものがありませんのよ……」
その口調から、朱莉が何度か無断で校長室に忍び込み、室内を念入りに調査していたことが分かった。
何か気づくことはないかと暗に疑問を投げかけるが、櫻や崇也はもちろん、一緒に朱莉についてきた屈強な男たちもこの手のことは苦手らしく、考えているような素振りは見せるが、誰も何も口にしようとはしない。
だが、その中にあって真優だけはなぜかこの部屋に〝既視感(デ・ジャヴ)〟を感じていた。
(……確かに、中学の頃世話になった校長室に内装はそっくりだけど……)
それは仙堂家の管轄である泉摩利学園のエスカレータ式学校にいるのだから、内装が似ていても不思議はないと思ったのだが、真優にはどうしてもそれだけが理由とは思えない。
(なんだ……何がこんなに引っ掛かる?)
周辺を見渡した真優は、ふいにあることに気がついた。
「あぁ、なんだ……そういうことか」
「真優さん?まさか、何か分かったんですの?」
急に声を上げた朱莉が、人を押しのけてこちらにやってくるのが見えたが、真優はそれには目もくれず、どこか放心したように部屋中を眺めやった。
(そうか……どっかで見たことあると思ったら、仙堂家の応接室に似てるんだ……)
窓の位置から机、飾り棚、応接用のソファやガラス机の位置まで、部屋の規模は仙堂家の半分もないものの、その位置関係はまさに仙堂家で案内された部屋のそれそのものだった。
(そうなると、足りないのは……あの鏡で仕込まれた光の星空だけど……)
この部屋には、仙堂家の応接室ほどの天井の高さはない。あの部屋だけの装飾だと言われればそれまでの話だが、ここまで室内のインテリアが似ているのであれば、あの仕掛けがあってもおかしくなかった。
あるはずのものがないということは、何か意味があってのことか――そう思案する真優の目に、二つ部屋の角を挟んで並べられた飾り棚の中で最も高い位置に円形の鏡が、まるで古伊万里のような骨董皿を飾るがごとく、立てかけられている光景が入ってくる。
(こんな位置に鏡が二つも……?)
言い差して、真優ははっとする。
「なるほど、そういうことか!」
「ねぇ、真優さん?一体何がどうしましたの?」
一人黙々と何かを探し始めた真優に、朱莉も徐々に興味を覗かせ始めた。
だが、それをも聞き流してくまなく室内を調べた真優は、窓際のカーテンと飾り棚の隣にある本棚の狭間に隠れるようにかけられた柄の短いフライパン型の陶器の壁飾りに目を止めた。
(この飾り……もしかして……?)
「朱莉、ちょっとこの縄、解いてくんねぇか?」
「え……真優さん、一体何を……」
「いいから、早く!」
一体何を考えて動いているのか、真優の意図を計りかねた朱莉はとっさの要望に一瞬躊躇する。しかし、あまりの剣幕にその戸惑いもどこへやら、言われるがままに渋々縄を解くよう指示を出す。
両手の自由を取り戻した真優の行動は早かった。
壁にかかっていた二つの陶器飾りの裏を確かめ、そのうちの一枚を壁から外して、校長専用の書斎机の上に置く。
「真優さん、それに何の意味が……」
疑問符を並べる朱莉を黙って手でけん制し、飾りを裏に返した。
すると、その裏にあったのはまたも鏡――これを飾りとして描かれていた表の柄に巧妙に隠されていた三脚を組みたてて机に立てる。
その位置を、机の真正面にある飾り棚内の鏡に窓から取り入れた光が反射するよう調整し、様子を見て向かいの飾り戸棚の扉を開いて中にあった鏡の位置も微調整をする。外から取り入れた光が、ちょうど隣の飾り棚の同じ高さにある鏡に反射するように位置を固定し、最後に残りの鏡の位置を調整して、窓の光が鏡を介して壁にかけられた絵画の中の〝満月〟とちょうど重なるようにズレを補正した。
(もし、あの〝詩〟が示す〝月〟がこのことなら……)
微調整を繰り返して、光と満月が見事に重なったその時、カメラのシャッター音のような物音が微かに響いた。
「今の音は……ちょっと須田さん、何か変化はありまして?」
どんな些細なことも見逃すまいと、直ちに絵画の元に人垣が出来る。
だが、柱に出来た小さな差し込み口に気づくのに、そう時間はかからなかった。
「あった……ありました、額縁の柱に二か所!何か差し込むような穴が!」
指示を受けて絵画の周辺を確認していた男性が声を上げた途端、人々の間にホッとした空気が流れ、次の瞬間には再び真優の視線が注目する。
「真優さん、なぜこの仕掛けが分かりましたの?」
なぜ、真優一人にこの仕掛けが分かったのか――当然聞かれるだろうことを予想していた真優は、別段何でもないことのように手の内を明かす。
「そんなの簡単だよ。さっき言ったように、今日アタシは仙堂家に行ってる……その時通された部屋がまさにこの校長室みたいな内装でね?その内装と比較してって、唯一なかったのがこの光の仕組みだったもんだから」
「なるほど、ここは校長室……泉摩利学園を管轄する仙堂家の一室と似ているのであれば、確かに解明できるのかもしれませんわね」
それでも、ここでなぜ光を月に当てることを思いついたのか、そんな疑問まで持ち上がって、真優は思わず肩を竦める。
「そんなん、この絵に描かれてる月が万年筆と一緒に伝わってる〝詩〟と関係があるとしたらって仮設の元に、こんな仕掛けじゃないかと思ってやってみただけに決まってるだろ?」
「まさか、そんな短絡的な考えでこの仕掛けを解いたと……」
櫻の言葉に、崇也は驚きすぎてもはや言葉も出ない。
しかし、朱莉はむしろ願ってもない好機だと高笑いした。
「フッフッフッフフフ……今回の私(わたし)はツイていましてよ!こんな拾いものは滅多にないですわ」
そうして、突然先ほどまでの扱いが嘘のように、手のひらを返して真優を持ちあげ始めたのだ。
「真優さん、あなたを連れてきて正解でしたわ!もしかして、こちらの謎ももうご存知なのではなくて?」
(はぁ?自分のカードは何も持ってないのかよ?)
あまりの態度の変わりように、さすがの真優も脱力する。だが、ここまできたら真優自身も後には引けない。元々興味がない訳ではなかったから、しかめっ面をしながらも渋々絵画の正面に立った。