新潟-東京を活動拠点とするピラティストレーナー
PHI Pilates 小山真矢子です
昨日は、易学研究会に参加しました。
3ヶ月に1回、大先生である宇澤周峰先生の主催で、
湯島聖堂に門下生が集まります。
易者の先輩方に混ざって緊張しますが、
毎回わくわくが止まりません。
…と、言葉足らずでうまく表せませんが、
易の世界に圧倒され、
古来の先人が脈々と繋ぎ紡いできた易を使わせてもらえることが有り難く、
もっともっと極めていきたいと思えます。
易というと「占い」で知ってる人もいると思います。
占いが嫌いな人もいますが、好きとか気になるという人がとても多いかと。
そして占いも色々な占いがあります。
私は占いが好きとも嫌いとも言えませんが、
頼るのは好きではありません。
自分で切り開きたいという気持ちが多少なりともあるからです。
易は、世の中、自然、運命、、、ちっぽけな人間では分からないことや、
今のままではどうしようも出来ないことがあって、
それを心から理解した上でどうしていったら今より良くなれるか、
間違った方向に進まずに人々の役に立てるか、
危険を回避できるか…
そんな手段、方策を神様から教えてもらう。
自分の好き勝手や欲望のままに突き進むのではなく、
どんな準備が必要で、どれくらいの時間の中で動いて行くべきか…
そんなことを教えてもらう。
頼ろうとしたり、教えに逆らったりしたら、易の神様にはしっかりと叱られます。
だから謙虚にさせてもらえます。
得た結果を心に刻んで、
神様が「こうするといいよ、こうするべきだよ」と教えてくれた方向に向かって行動し、
努力することが「徳をつむ」ことに繋がり、
その積み重ねが人生良い方向へ進ませてもらえると言うのが易であり易経の教えそのものだと私は理解します。
現代は何かとスピーディーで色んなことが生まれ、無くなり…。
そんな中でも何千年も前から受け継がれてきた易が大事にしているのが「時中」であったり「変易・不易・簡易」であったり。
これからの人生、丁寧に過ごしたいという私には、
この易という学問はすごく必要だなと感じています。
そうそう、研究会の後の親睦会で、
色んな先輩方から「小山さんは感が鋭いよ」とか
「感性が素晴らしいね!」と手相を見ながらお褒めをいただきました。
易を使わせてもらう身としては、
神様からの教えを受けとるために感の鋭さや感性はある意味武器になります。
宇澤先生には…「頭脳線がすごく長くて、頭がいい。ただ…」
ただ何ですか?!と聞く私に
「ただ、使いこなせてない。せっかく相はいいのに、、。」と。
そうです、子供のうちに勉強の楽しさを知っていたならな~と、
切実に感じています。。
