青森駅のバス停で青森空港ゆきのバスの待ちの間

海手に奇妙なモダンな建物あり

ねぶたミュージアム「ワ・ラッセ」

 のぞいてみる

 真っ暗な会場に大型ねぶたが

常設展示

凄い迫力!

 
 
 
 
 

 会場は外国の人ばかり

英語が飛び交っていた

豪華客船で世界一周観光 途中

青森港に停泊

みんなでねぶたミュージアムを散策中という

異国情緒いっぱいのワ・ラッセだった!



ホテルの向かい側に水族館が見えて見学に
 
 
 
 
 
 


 

浅虫水族館は函館の小学校の修学旅行の生徒たちの見学でにぎわっていた!

 

6月21日から2泊3日で
青森県陸奥湾に突出する夏泊半島 
その根っこに位置する 浅虫温泉を訪れた
サンセットが美しい!
絶景と温泉の宿
窓付きの檜の湯船に独りゆっくり浸かる贅沢
 
朝ごはん
 

客室の壁にさりげなく掛けてあった

一枚の版画に注目!

棟方志功の版画らしい、、
のに落款なし(あったら客室にあるあずがないし、、試し刷りかコピーか?)
棟方志功は浅虫温泉に泊まり込んで仕事を成し遂げたという
とても心惹かれる仏陀像に出会った
 
 
空と海が一体になる浅虫の海岸を散歩した
 

 


浅虫温泉

8月30日は 母の命日

母と娘の女系4代の記念写真発見!

「娘」と「孫」と「実の母」に囲まれ

笑顔溢れる母を 偲びたい

 

 

佐賀市の老舗旅館松川屋の一人娘として生まれ 

乳母日傘(おんばひがさ)で育った母

 

 

のはず

女学生のとき

偶然に手渡された戸籍謄本を見て

え~、なんだ?

「母親」の欄に

知らない名前!?

この日の驚きを、

89歳の死ぬ間際の床で

彼女は朦朧とポツリポツリ語った・・

今まで大事に育ててくれた母は、

本当の母じゃない?

 

佐賀高女を卒業後

東京の実践女子専門学校まで遊学させてくれた

偉丈夫な継母は

突然に

日本脳炎で亡くなる!

佐賀へ戻され

跡継ぎの重荷を託される不安と未来を感じた頃

戦争が終わる

人づてに、

実母が唐津で暮らしている・・と聞く

松川屋の父には内緒で、

彼女は会いに行く

「なぜ私を捨てたのですか?」

涙ながらに訴える娘

「そうではありません!」

必死で答える母

 「松川屋から遣いの女中が迎えに来て、

 生まれたばかりのお前を

 羽二重のおくるみにくるんで

 連れていってしまったのだよ・・

 どうすることもできなかった」

松川屋を去り

別の良き縁に恵まれ

他家へ嫁いで3人の男子をもうけ

夫の死後は

女手一つで息子3人を育てあげた気丈なカノさん

101歳の長寿を全うするまで

娘と実母の親交は続いた

 

私は大学生になると祖母に遊びに行くようになる

カノおばあちゃんは

実家副島家の家系図を見せては

誇らしげに

秘密の出産と離婚の話になると

涙ながらに

私を前に

昔の思い出を語ってくれた

 

幸い「坐禅」は
辛くなかった。
パリの生活に最初から組み込まれ
抵抗もなかった。
「坐禅」は
身体に良いか悪いか、
苦行か至福か・・
考えることなく、
毎朝、今ここに
只管打坐 ただひたすらに坐る 
を実践した。
坐禅のひとときは
パリの一日の始まりであり
異国の地に在りながら
日本へ立ち戻れる
居心地の良い至福の時間であった・・

夏が終わり、
ヴァカンスから戻った人々で
禅寺が賑やかになった朝があった。



「フランスに禅ブーム!」の取材で
テレビ局の撮影チームがやってきて
書斎でくつろぐ弟子丸泰仙老師に
キャスターが直撃インタヴュー
私はキモノを着て
老師にお茶を点てる
「茶禅一味」のパフォーマンスを請われ
手がブルブル震えた

秋になると
老師の典座(てんぞ)役でキッチン用品を携帯し
地方伝道の旅に出発した
リヨン郊外にあるル・コルビジェ設計アーブレル修道院では
修道士の方々を前に、茶道のお点前を披露。
スイスのジナール大接心では、日本舞踊に生け花も・・
あれやこれや日本文化紹介のお役立ちを務めた。
遠く
モロッコのカサブランカへも
老師の通訳で旅立ち
ラバトの王宮へ招かれた日がある。
モロッコの王族が東洋の思想に興味をもち
禅の老師を招いて話を訊く・・・
「こ、ここは、どこだ?」
熱帯楽園の美しさに老師が驚くと
「どうもパレらしい・・フランス語で宮殿の意味です・・」
伽噺ではなく随行した現実のお話
ごちそうになったクスクスが極上の美味であった
1968年5月
パリは
学生たちが蜂起しバリケードが築かれ
五月危機の嵐が吹き荒れた。
学生たちの投石でカルチエ・ラタンの舗道の敷石がなくなり
市民・労働者たちが学生を支援するデモで混迷は続き
現状への不満を爆発させる事件が起きた
丁度その前後
フランスでは
東洋の神秘主義が到来しモードとなっていた
チベット仏教のダライ・ラマ
インドのヒンズー教のスワミ等
宗教スーパー・スターとともに
墨染コロモの日本の禅の老師Taisen Deshimaruは
その坐禅姿で際立ち、
日本文化紹介の映像の電波に乗り
フランスに禅ZENの種を蒔いた。
蒔かれた種を
拾い育むように
オリエント宗教に
スピリチュアルな救済を求める人々の一翼が
パリの禅寺に集まってきたのである。



冬の明け方、霧の中、
凍てた道場の扉を開けた朝
坐禅中にツグミが鳴いて
春を告げた朝
マロニエの樹に花が咲き
帰国が近づいた朝・・・
パリの禅寺の朝の風景や
伝道で訪れた土地での出来事が
・・・沸々と湧いては脳裡に浮かんでくる。
幾多の歳月が過ぎて
フランスでの日々を思い出すとき
心の底から
懐かしく蘇るのは
パリの禅寺の
毎朝の坐禅である。