毎朝7時を過ぎると、
パリの街のどこからともなく
2,30人の人々がこの寺に集まってくる。
道場の扉を開け、
奥の更衣室で黒い衣に着かえ、
坐布に向かう。
合掌をし、面壁で趺坐して待つ。
静寂の中、
弟子丸泰仙老師の入場の足音を背中で察し
鐘の音を聞き取り
朝の坐禅が始まる。
同様に、
昼の時間も、夜の時間も、坐禅の会が行われていた。



土、日曜日になると、様子が違ってくる。
新参の人々、フランスの地方の道場から来る人々、
ベルギー、スイス、イタリア、ドイツ等近隣の外国から来る人々
医者、教師、アーティスト、ヨギ等特殊な職業の人々
学生やら髪の毛を伸ばしたヒッピーたちまで
足の踏み場もないほど賑わい
坐禅のあとに老師の「提唱」または「問答」が付いて
パリの禅寺は、東洋を学ぶ学舎に変容した。



ドスの利いた腹底から響く老師の声が
ブロウクンな英語、禅グリッシュで空間に放たれる
と、
傍らに控える一番弟子で朴訥なエチエンヌが
即座に聞きとり
阿吽の呼吸でフランス語に訳す。
絶妙なタイミングだ
二人を囲むみんなは
真剣な表情で双方を聞き取ろうとし
笑いを取る老師の漫談に
みんな顔をほころばせ終に大笑いになる。



「問答」が始まる
質問者は討論を仕掛ける
と、老師は
「喝!」
ブロウクンな片言の禅グリッシュで
鋭く切り返し
仕掛けられた論理を転覆させるのだ
「わあぁ、、」
みんなはどよめいて問答は終わる
これは一体、何だ!
ここはフランスだ!
明晰でないものはフランス語ではない
論理の国フランスだ
そこに
言語の壁を打ち破り超越する異様なパワーを撒き散らし
論理ではない、勘だ!
以心伝心だ!
と、ヨーロッパの人々を牽引し
最後は
坐禅のポーズでビシャリと決め
みなに合掌を求めて終わる
老師のパフォーマンスに
唖然としながら
パリの禅寺で起きる特異な光景を
私は眺めていた