この冬は寒かった。
雪が消えない日が幾日もあった。
2月12日の昼下がり、お隣のお隣の 馬場さんのおばあちゃんが亡くなった。
享年85歳
12日の夜、お悔やみにいくと、吹雪が激しく舞っていた。
人気のない冷たい部屋。
病院から戻った馬場さんは、静かに眠っているようだった。
死顔が、あまりにも無心で、少女のように可愛らしかった。
最期は、病院で
「また明日ね・・・」
といつものように、ご家族に別れを告げて、
午後に、ポックリ、亡くなった。
遺体は、まだ生きているようだった。
ご主人に先立たれてからは、独りで暮して、寂しそうだったけれど
「夜中の暗闇が、独りで、耐えられないの・・・」
どんどん引きこもってしまったこともあったけれど
最期は、とてもとても幸せな死に方をされたのではないか・・・
教会のお葬式のあと、飾られたお花籠を、娘さんからいただいた。
おおきな花篭で、見るたびに、馬場さんのことを思い出す。
「大陸で育ったから、おおらかなのよ・・・」
戦前の外交官のお嬢さまで、
フツーの主婦としては、上品で、頭よさそうで、どこかちがってた。
音楽の教養が凄かった。
明るくて、おしゃべりをしては、色々教えていただいた。
馬場家には、いろいろな樹木が植えられている。
櫨の樹:
「どこからか種がとんできて、勝手に育った雑木なのよ」
馬場さんは、ちょっと、見下げた風に言いながらも、
「しっかり者よ」
とこの大木を誇らしげに見上げたものだった。
「実のなる樹が大好き!」
と馬場さんは、笑った。
きんかんの実:
そして、夏みかんの大木:
その隣のグレープフルーツの樹:
「実がなってびっくりよ!」
一体何の樹だろうとわからなかったけれど、
捨てた種が育ったのね、とこれも誇らしげだった。
いちじく、ざくろ、さくらんぼ、ぶどう・・・楽しい樹がいっぱいあった。
小鳥たちのえさ台もちゃんとつくってあった。
ところが、ひよたちが、おいしい実をつついてしまうのを怒ってた。
大事ないちじくやサクランボの樹にネットをかけて、馬場さんはしっかり守っていた。
「アルちゃんにはお菓子はだめよ、虫歯になるわ!」
「クーラーは嫌いよ、自然の風を楽しみましょう!」
懐かしい言葉が、いくつも甦ってくる、
何よりも、棲家を求めて、この地を初めて訪れた日があった。
暑い暑い日だった。
馬場さんの家の屋根を覆うようにいっぱい咲いていたノウゼンカズラの赤い花を見て、
ああ、いい土地だなあ~、ここに住みたいな~
と決心したのは、
もう20年も昔になるのだ。
20年ものおつきあいだった。
春らしい暖かい陽ざしの今日
お庭をのぞくと
木々たちは、家主が亡くなった今も、しっかり春の花芽をつけている。
さようなら馬場さん、安らかにお眠りください。





