初めて開業届を出したのは

2018年。

 

それまでの私は

独立したいなとは思っていても

行動に移せていない日々だった。

 

 

ITの管理事務として

派遣で働いていたんだけど

 

正社員はみんな

40時間以上残業していて

毎月複数人が辞めるような

ブラックな派遣先だった。

 

当時の私は、

 

”雇われてないといけない”

 

”毎月給料が入ってこないと

生活できない”

 

"仕事は忙しいほどよい"

 

を持っていた上に、

 

 

東京でのひとり暮らしで

仕送りや援助は望めず

誰にも頼れなかったから

 

すご~~く気を張って

生きていた。

 

 

結局、

自分の感情を抑え込みすぎて

 

もともと弱い

自律神経がバグってしまい

 

夜寝れないし

朝が来たら涙が出て、

 

電車に乗るとめまいで

倒れかけるから、

出社できなくなり

 

適応障害と診断されて

仕事を辞めた。

 

 

はじめての失業保険を

もらうことになって

 

「明日からお金を稼ぐ行動が

できない」のが不安で

怖くてどうしようもなかった。

 

 

小さい頃、

ロクにお小遣いをもらえなくて

 

むしろお年玉を

勝手に使われたり

 

未成年の内から

バイト代が入ったなら金を貸せ

って脅されるような

家庭で育ったから、

 

 

”私が頑張らないと

お金がなくなっちゃう”

 

がめっちゃくちゃ

強かったのだ。

 

 

でも、幸いなことに

それ以上に

 

雇われることと

朝起きることと

満員電車が嫌いだったから笑

 

一旦、仕事を探すのは諦めて

休むことにした。

 

 

派遣を辞めたら

待機はなくすぐ失業保険がおりるので

三か月ぐらい猶予があったのも

ありがたかった。

 

 

 

毎月通ってるヘッドマッサージ系の

エステサロンがあったんだけど

 

(仕事辞めたって言えないな~。

キャンセルするのも悪いし

施術は大好きだし

 

予約してる分は行って、

今回でいったん終わりにしよう…)

 

で行ったら、雑談の中で

 

今一緒に働いてくれる人を

探してて、茉耶さんって今の

仕事辞めたかったりしませんか?

 

って勧誘された。笑

 

もちろん、

辞めたことは隠すつもりだったし

仕事の話題も振ってなくて

人を募集してるってことを知ったのも

初めてだった。

 

とにかくびっくりした。

だってタイミングが良すぎる!!笑

 

 

エステサロンの仕事に

憧れがあった私は、

ざっくり概要を聞いて

二つ返事でOKした。笑

 

スクール代を払い

施術を教えてもらって、

開業した。

 

 

施術すると手首の神経が痛む

ようになってしまって

一年ほどで

泣く泣く辞めることになってしまったけど

 

今より何倍も臆病だった

あの頃の自分に

 

大きなきっかけを与えてくれた出来事で、

誘ってくれたオーナーさん

(同い年だけど勝手にお姉さんだと思ってる)

には本当に感謝してる。

 

 

この経験から、私は

 

覚悟だけ決めて、

降参して

何もしないでいると

チャンスって訪れるんだな~

 

という体感を得た。

 

 

焦って行動をするよりも

 

まずは覚悟する。

 

そして、自分の現状に降参する。

 

動かないで、

受け入れる。

 

そしたら勝手に

向こうからやってくるのだ。

 

わたしはつい最近まで

 

社会不適合者=仕事ができない

社会不適合者=怒られる、嫌われる

 

というブロックを持っていた。

 

 

身内に社会には出られない

(出せない)人がいて、

周囲も本人も

それを引け目に思っていたことと、

 

小学生の時に

知的障害のある子たちと

仲良くしてたら

私もいじめられたこと

などなどがあって

 

 

「不適合は罪なんだ、

怒られたり嫌われたり

することなんだ」

 

と刷り込まれていた。

 

(事務職ではどこにいっても

仕事ができる・速い・覚えがいいと

プラスな感情で評価してもらっていたから

それが嬉しかったのもあったと思う)

 

 

そして厄介なことに、

 

社会に適合できていること=

会社に属して一般的に働けること

 

だとも思い込んでいたので

 

私は社会に適合できています!

仕事ができます!

嫌われていないです!

 

というアピールがしたいがために

派遣事務をしていたww

(おもろすぎる)

 

 

 

仕事ができる証明のために

働くから

→忙しい職場を引き寄せてしまって

 

→体がつらくなっても

仕事ができる証明のために

120%の力でバリバリ働く

 

→でも本当は独立心旺盛で

雇われたくない

 

→精神も体も

しんどくなって辞める

 

→「いや待てよ……仕事やめたら

社会不適合者じゃない??

まって!私仕事できるし!」

 

→別の仕事をはじめる

 

→辞める

 

 

これの繰り返しwwwww

 

完全に負のループだった。w

 

 

 

=で繋がっちゃってる

謎の等式を分解して

 

”なんでもいい”

 

に置き換えていく。

 

 

社会不適合と仕事ができないは

イコールじゃない。

 

社会で働いていても

嫌われるときは嫌われるし

(人の好みなんて操作できない)

 

不適合でも愛されている人が

たくさんいる。

 

社会不適合でもいい

 

朝起きられなくてもいい

 

独立しても会社で働いてもいい

 

嫌われてもいい

 

仕事はできなくてもいい

やらなくてもいい

 

働きたくなったら働けばいい

 

 

”どれであってもいい”

 

 

こうやって

壊したほうがいいブロックを

ぶっ壊していくと

 

すっごく生きやすくなるよ。

 

わたしは2018年に適応障害と診断されて、

派遣だったから休職ができなくて

そのまま退職した。

 

もともと独立心は旺盛だったから

迷いはなかったけど

 

働かない時間がもったいない気がしたし

将来も何も決まってなくて、

ものすっごく不安だった。

 

 

誘っていただいたご縁で

エステサロンで開業してからは、

 

事業内容をとっかえひっかえ変えまくって

いろんなビジネスにチャレンジしてきた。

 

 

ブログ、アフィリエイト、

業務委託の仕事(カスタマーサクセスとか事務とか)、

YouTube運営を複数、配信活動、

グッズ制作、電子書籍、作家活動などなど。

 

うまくいかなかったやつを除いても

これだけあるんだけど、

 

ほとんど、

大量行動がしんどい

という理由で辞めた。

 

 

頑張らないと稼げないと

思い込んでいて、

やるって決めたらとにかく

がむしゃらに頑張ることを

自分に強いていた。

 

休むことを自分に許せなくて

ずーっと行動して苦しくなって

うまくいかなくなる、を繰り返していた。

 

 

私にとってビジネスは

"大変で苦しくなくてはいけない"

ものだったし、

 

"大変で苦しくなくては

お金はもらえない"

 

と思い込んでいたから、

うまくいかなかった。

 

 

大変で苦しいことを

続けたくないから

潜在意識が行動を止めていた。

 

 

私はラクで楽しいのが好きなので

その道に進まないメリットがあった。

 

(大量行動が好きな人は

そのまま進むとよい)

 

 

 

じゃあ、お金を稼ぐことが

 

とってもラクでたのしくて

私もクライアントも大切な人たちも

幸せになれることだ、って

前提だったら??

 

ビジネスするのも、

生きることそのものも

きっと楽しくてしょうがなくなる。

 

だから私は

この道でやってくって決めた。

 

 

じわじわとだけど、

確実に

潜在意識を書き換えている

って実感がある。

 

だって昔より気楽で

頑張ってないのに

 

人生が何倍も

楽しくなったから。

 

 

大量行動かつ低単価で

疲弊していたあの頃に

 

他人事だと思ってた未来が

そのうち本当になるんだろうなって

すでにワクワクしている。