今このブログを書くに当たって
私は
何時間の手術だったのか
術後、意識が戻るまでに
どれくらい掛かったのか
何も知らない事に気付いた
(ただただ今を生きるだけで必死で
そんな事を質問する事すら
忘れてたんだと)
気付いた時
カーテンで少し仕切られた
ベットに沢山の医療機器を
付けていたのは
覚えてます
顔を動かす事も出来ないので
自分がどういう状況に
置かれているのかも
わからなかった
沢山の医療関係者に
助けてもらった命でしたが
申し訳ないとは思いますが
「こんなにしんどいなら
このまま死んだ方がマシ」
と思ってしまう程
大変な時間だったのは
覚えてます
次の日(定かでは無いですが)
少し病状が安定したのか
もう少しカーテンで
しっかりと仕切られた部屋に移動
この時に
子供達と弟が面会(2回目らしい)に
来てくれたけど
喋ってる事は理解出来るけど
私は言葉を発する事も
ままならない状況
後から弟から聞いた話ですが
術後に会った私は
顔面蒼白で
「助からないかもしれない」
と思ったそうです
それから数日後
次に移動したのが
ICUの個室
ICUに入院しているだけでも
十分凄いのに
そのICUの個室
しかも2週間
まだ自分の状況を
よく把握出来て無かったので
個室に移動した事で
更に自分のなった病気の凄さを
実感したのを覚えてます
余談ですが
通常普通の病院なら
患者さんの病状に合わせて
退院などを決めますが
ICUは最長2週間
と言う決まりがある様で
それ以上はいられない
システムみたいです
(2つの病院のICUに
入院しましたが同じでした)
私が入ったICUの個室は
無菌室
(私が使ってる時は無菌では
なかったと思います)
一般病棟で個室に入ってるなら
お金あるのね
なんて自慢になりますが…
ICUの個室は
どう理解すれば良いのか
ここの個室は
テレビもシャワーもトイレあります
だけど
超重病人が入る所なので
普通の個室とは違い
テレビはサウナに入った時にある様な
一枚ガラスの向こうにあり
トイレ、シャワーは
独居房の様な
カーテンに仕切られてるだけ
一つ目の病院のICUは
スマホ使用が禁止されてたので
写真など撮れなかったですが
(二つ目の病院のICUは
スマホ使用はOKでした)
ほぼ窓もなく
外の景色も見れず
身体に纏わりついてる
(私の命を守ってくれてるのですが)
医療機器で寝返りをする事すら出来ない
ただただ
この世のものとは思えない
激痛と
何日も治ることの無い嘔吐に
耐えるだけの日々
いつ終わるかわからない
この苦痛を
いつもいつも励まして下さった
先生看護師さん達
「絶対に少しずつ楽になるから」
その言葉を信じて
あらゆる投薬で
苦痛を必死で和らげて下さる
医療関係者の方々には
感謝しかない
1日何度も
そして
休日まで私の様子を
見に来て下さる担当医
ICUと言う事で
恐らくマンツーマンじゃ無いかな
って思う位
毎日私に寄り添って下さる
看護師さん
私の医療機器が
真夜中でもお構いなく
鳴り響けば
慌てて駆け付けて下さる
看護師さん
余談ですが
昔は看護師さんと言えば
女性の仕事でしたが
最近男性の方も増えてる事は
知ってましたが
ICU に来てビックリ
男性の看護師さんの多い事
もしかしたら
男性の方が多いんじゃ無い
って位
救命救急の看護師さんは
友人もやってるので
知ってましたが
普通の看護師さんでは無い
つまり
男性の方が目指す看護師は
こう言うスペシャリストなのかも
って思ってしまいました
(ICUから一般病棟に行きましたが
どこの病院も
一般病棟では
ほぼ男性の看護師さんは
みる事は無かったです)
そんな手厚い看病のお陰で
人間って凄い
もちろん日によって違うけど
少しずつ良くなっていく事を
実感
手が少し動かせる様になり
ベットで少し体を自分で
動かせる様になり
ICUでの生活を
観察出来る様になった
書き出したら
書きたい事てんこ盛り
また続きは次回