先日、サンパレスで開催された薬師丸ひろ子のライブに行ってきた。
同世代の僕らにとって、彼女の存在は青春そのものである。
’80年代から’90年代にかけ、まさに飛ぶ取り落とす勢いで
芸能界を駆け抜けていった薬師丸ひろ子。
♪セーラー服と機関銃 ♪メインテーマ ♪探偵物語
♪WOMAN〜Wの悲劇より〜 などなど、上げるとキリがない。
映画の主演とテーマ曲も彼女が歌い、薬師丸一色になる。
10代の頃は安っぽい恋愛ものが多かったが、20歳の記念に制作された
「Wの悲劇」は、彼女の演技の潜在能力を引き出す作品となった。
オープニングから3曲歌いトークの時間になった。
彼女は女優だけあってMCも抜群にうまい。
その中で、彼女はこんなことを言った。
「わたし、サンパレスでライブをやるのは35年ぶりです」
35年ぶり・・・
その言葉を聞いて、ある事が頭を駆け巡った。
35年前、すなわち1987年・・・僕は一度だけ彼女の撮影現場に
行ったことがある。
それはとんでもない修羅場の現場だった。
1987年、映画学校を卒業した僕は22歳になっていた。
その頃の日本映画界は、作品数が激減していて、到底仕事にあり付けないのが
現実だった。
撮影所に社員としての募集はなく、フリーとして助監督見習いから始めるのが
一般的だった。
それでもなんとか、テレビドラマやカラオケ映像の助監督などで食い繋いでいた。
そんなある日、同級生から電話があった。
彼は開口一番慌てた様子でこう言った。
「明日の夕方、原宿駅に来れないか?」
「どうしたんだ?」
「駅前で大掛かりな撮影があるんだけど、交通整理をやってほしい。
バイト代は1万円払う」
「分かったいくよ」と二つ返事で了承した。
翌日、下北沢から代々木上原まで行き、千代田線に乗り換え、
明治神宮前駅に到着した。
改札を抜け地上に出るとただならぬ熱気を感じた。
なんと、原宿駅前に10メートルはあるイントレが組まれ、アリフレックスの
巨大なカメラが設置されていた。照明部、演出部、制作部が入り乱れ、
おおよそ50人ほどのスタッフが蠢きまわり、怒号が響き渡っていた。
さらに、野次馬が集まり現場は混乱を期していた。
僕は友人を見つけ声をかけると、いきなり「車止めしてくれ」と言った。
「交通整理って、車止めのこと?」「ああ、こっから渋谷方向の井の頭通りを
全面封鎖する。お前はこっからあの先まで行って、車止めてくれ」
「マジか!?一体どれだけの交通量なんだよ」と井の頭通りを見ると、
夕方からの交通ラッシュが始まっていた。
片側4車線の井の頭通りは、渋谷から原宿、表参道を抜ける道路であり、
ここを通行止めにするなんて正気の沙汰じゃない。
そこに制作主任が現れた。「とにかく原宿交差点を3分間全面封鎖する。
その間に主役を乗せた車がやってきて、彼女が降りるカットを撮るんだ。
危険だと思うがよろしく」と言った。
想像してほしい。原宿の交差点と言えば、代々木方向と渋谷方向、さらに表参道方向から車が
ひっきりなしにやってくる都内屈指の渋滞地域である。
「主役って誰なの?」と友人に言ったら、「まあいいから」と言われ、赤橙とトランシーバーを
渡された。車止めの経験は何度かあった。しかしこれまでは比較的交通量の
少ないところである。これはどの道路の車止めは初めてだった。
半ば諦めトボトボと渋谷方向に歩き始めた。
カメラが設置された場所から300メートルくらい離れた地点で車止めを行うことになった。
あたりを伺うととんでもない交通量だった。
「テストいきます。はい車止めてください」と無線から声が聞こえた。
僕は勇気を振り絞り、赤橙を大きく振りながら、「すいません止まってください」と叫びながら
車の前に出た。凄まじいクラクションが鳴り響いた。
「お前、何やってんだ!危ねえだろうが」と怒鳴られた。
それでも、「今この先で映画の撮影中です、ご協力お願いします」と頭を下げた。
「そこどけよ」という言葉とクラクションは鳴り止まない。
心の中では、「早く撮影終わってくれ」と叫びながら、無線からの指示を待つ。
すると無線から、「はいカット、車通してください」と連絡が入った。
僕はホッと胸を撫で下ろし、停車している車に対し、「どうぞ」と言って、
封鎖を解いた。しばらくして無線から指示が入る。
「次本番いくから。止めてください」
「了解です」と言って、車の前に飛び出す。段々慣れてきていた。
またまた凄まじいクラクションが道路を鳴り響いた。
無視して通過していく車や怒号、しまいには地回りのヤクザ風の男が
現れ現金を要求してきた。反対側にいた制作部がやってきて、懐から金を出し、
ヤクザ風の男に手渡すと意外にも静かになった。
渋谷方向を見るととんでもない大渋滞を引き起こしていた。
「早く終わってくれ」と心の中で再び叫ぶ。
赤橙を持つ手がプルプルと震えてきた。
「早く!早く!早く!無線が鳴れ〜」
1秒1秒がとんでもなく長い時間に感じた。
その瞬間、無線から「はいOK」の声が聞こえた。
僕は車からサイドによけ、「ご協力ありがとうございました」と言いながら、
車を行かせた。
こんなこと今の時代やったら大問題になるだろう。なんでも許される昭和はよかった。
僕はカメラが据えられている場所に歩いて戻った。
すると制作主任が現れ、「はいお疲れさん。これギャラの1万円。またよろしく」
主任は裸の一万円札を僕に手渡した。「ありがとうございます」と言いその場を離れようとした
瞬間、ある女優の姿が目に入った。
そこには、スタッフの前でおどけてみせる薬師丸ひろ子がいた。
笑顔で何やら踊っていた。初めて見る薬師丸ひろ子。10代から全ての映画を見ていた
大女優が目の前にいた。
友人を見つけ、映画のタイトルを教えてもらった。
それは、「紳士同盟」という映画だった。
「紳士同盟」
監督 那須博之 脚本 丸山昇一
出演 薬師丸ひろ子 時任三郎 伊武雅刀ほか
後日封切られて映画館で観た。
原宿前の交差点で撮影したカットは、薬師丸が黒のクラシックカーから
降りてくるカットだったと思う。
笑顔でおどけて見せる薬師丸を遠目に見ながら、僕は明治神宮前駅の改札に向け
歩き始めた。
なんだか心にぽっかりと穴が空いた気分だった。
同世代の彼女は、蝶よ花よの世界でチヤホヤされ大スター。
かたや僕はというと車止めをして1万円をもらい嬉しそうにしていた。
「でもこれが現実なんだ」心の中で思った。
それから僕は業界にどっぷりと染まっていくことになる。
あの日のあの瞬間があるから今がある。
あれから35年、芸能界の第一線で活躍している薬師丸ひろ子は、
すごいなと思う。
いつか仕事してみたい。






