アメリカンニューシネマ化する現代日本のヤクザ映画 | コーキのテキトーク

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今年になって、日本映画ではヤクザ社会を題材にした映画が目立っている。

 

「すばらしき世界」出演 役所広司 長澤まさみ他

監督 西川美和

 

「ヤクザと家族」

出演 綾野剛 舘ひろし他

監督 藤井道人

 

両作品も現代社会の極道の生き様を描いている。

戦後、急成長を遂げたヤクザ組織も近年、暴対法などの

締め付けにより壊滅状態を余儀なくされている。

両作品にも共通しているが、現代社会でヤクザと呼ばれる

者たちが生きてく無情を描く。

話は変わるが、1960年から70年代に泥沼化していくベトナム戦争に

邁進する政治に反対する若者を中心に反体制的な人間の心情を

綴ったアメリカンニューシネマと呼ばれる映画が台頭した。

アメリカンニューシネマに共通して言える手法というか作風は、

最後に主人公が非業の死を遂げるのである。

 

「明日に向かって撃て」

「俺たちに明日はない」

「スケアクロウ」

「真夜中のカウボーイ」など

 

これらの作品のラストシーンは、主人公の死で終わる。

この滅びの美学とも言える手法が心を震わせる。

なぜこのような話を持ち出したかというと、今年封切られたヤクザ映画も

同じような作風だからである。

自分としては、違うエンディングはなかったのだろうか?と思う。

生きることの方がどんなに大変だろうか。

その辺りもっと慎重に考えた方が良かったのではないだろうか。

ただ映画という性質上、どうしても心に残るラストを迎えたい気持ちもわかる。

かつては、「仁義なき戦い」「極道の妻たち」などヤクザ社会を派手に描いた

作品が目白押しだったが、最近は地味な社会として描かれている。

この30年間くらいで時代は大きく変わったんだろう。

ヤクザ映画はこのまま死滅していくのかもしれない。

ちょっと寂しさを感じる。