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いまから25年前、僕は東京世田谷の下北沢に住んでいた。



わずか3年しか住んでいないが、ここには生涯忘れることのない一級の思い出が詰まっている。



そんな下北沢の駅が大きく変わろうとしている。





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都内でも開かずの踏切として有名な下北沢駅前。



朝のラッシュ時になると、とんでもない時間開かなくなる。



しかし、そんな時代もついに終焉を迎えた。



本日、下北沢駅が地下化になった。






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■下北沢駅南口



僕は22歳の時、社会人になると同時期に、下北沢の小さなアパートに引っ越した。



下北から徒歩10分ほどのところで利便性はいいのだが、四畳半トイレ共同風呂なしだった。



出雲荘という名前で、家賃が2万円だった。



1階に大家が住んでいて、2階部分が住居で4部屋あった。



ほとんどが友人たちだったので、夜な夜な誰かの部屋に集まっては、麻雀やチンチロリンを



やっていた。



窓を開けると、小田急線が走っていて、電車が通るたびに、部屋は揺れ、テレビの画像が乱れた。



確か、1989年ごろ、小田急線の複線化に伴い、立ち退きの話が持ち上がる。



出雲荘は、沿線に位置していたため、取り壊しが決定した。



ちょうどその頃、僕はある女性と出会い、その女性と半同棲を始める。



結局、出雲荘を出ていくことになった。



その後、住人達は立ち退きを余儀なくされ、建物は取り壊された。



電車からも、空き地になった出雲荘が見えるので、通るたびに気になり見ていた。



しかし、複線化の話は遅々として進まず、結局のところ地下化にしたみたいだ。



東北沢から世田谷代田に至る区間が、地下化になった。



思えば、出雲荘を出て23年、いろんなことがあったけど、青春時代の思い出が一杯詰まった



下北沢での出来事は生涯忘れることはないだろう。



また、新しく生まれ変わった下北沢駅を訪ねてみたい。




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