僕が巨匠になった理由(ワケ) | コーキのテキトーク

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僕は、会社の同僚たちから親しみを込めて、「巨匠」と呼ばれている。



まったく巨匠なんて存在ではないのだが、そんな風に呼ばれるようになったのには、



ちょっとした理由(ワケ)がある。




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いまから17年前、30歳になった僕は、レギュラー番組としてやっていた旅番組が嫌になり



新たな番組に挑戦したいという野心だけがメラメラとしていた。



そんな時、テレビ東京の仕事で、「田舎で暮らそう」という企画の仕事が舞い込んできた。



のちにこの番組は、田舎暮らしブームの火付け役となった番組である。



P(プロデューサー)の命により、広島にいるある家族を取材してほしいと言われ、



すぐさま現場へ急行した。



事前のロケハンもなく、行き当たりばったりのロケだった。



Pからは、丸3日間かけていいから、面白いものを撮ってきてくれてと言われた。



経験値としては、旅番組と情報番組くらいしかやったことのない僕にとって、やっとマジで勝負できる



ヒューマン系の番組ということもあり、当然気合が入った。



広島の農村部で暮らす家族は、東京から広島へ何年か前に家族でやってきた。



ご主人は、出張そば屋を行い、奥さんは家でパンを焼いて、学校に販売に行く。



もちろん、家族で畑仕事もやって、食事の食材はすべて自給自足といった生活。



3日間、家族の暮らしぶり、ご夫婦の仕事ぶりや畑仕事、ありとあらゆるシーンを撮影した。



しかし、駆け出しのディレクターであった僕でも、なんかイマイチ面白くないと思えてしまうほど、



魅力を感じなかった。



ただその当時の僕は、面白くない家族でも、面白く撮影する技をもっていなかった。



撮影を終え、東京で編集を始めたが、どうもしっくりこない。



テープは、20本(1本30分)以上まわっているのだが、どのシーンを見ても、夫婦の本音や家族の本音が



語られていない。



すべてが、上っ面のインタビューしかなかった。



当然自分の責任なのだが・・・



しかし言い訳すれば、この家族にも魅力がなかったんだよね。



編集を終え、Pに見てもらった。



長々と30分くらいで見せたと思うが、果てしなく長い沈黙の時間が流れた。



見終わって開口一番、「面白くない、全部カット」と言われた。



「えっ!!どうしよう、どうしよう」頭の中真っ白でワケがわからなくなってしまった。



やばいことになった!Pには、少しだけでもいいから使ってほしいと懇願して、最終的に30秒ほど、



出すことになった。



丸三日間撮影して、わずか30秒。



30分テープが25本くらいまわっているので単純に、12時間分。



12時間のテープのわずか30秒。



それだけのテープが回っていれば当然、20分以上のVTRをつくることになるのだが・・・



経験がなかったとはいえ、これほど屈辱的なVTRだった。



初めてディレクターデビューしたとき、これでやっとスタートラインに立てたと思ったが、



その頃の自分は、スタートラインから出走して、ものすごいゆっくりのスピードで、いろんな番組の前を



通り過ぎようとしていた。



自分の力を発揮することはできなかったが、皮肉にも番組は異例の高視聴率!



この番組のヒットを皮切りに、第二弾第三弾が制作され、さらに田舎暮らしの本が出版された。



田舎暮らしがちょっとした社会現象にまでなった。



テレビ東京の「田舎に泊まろう」も、この番組のあとである。






福岡に来たとき、このエピソードをあるリポーターに話したら、



「えっ!そんなことあるんですか?3日間撮影して、わずか30秒、



巨匠クラスになると違いますねぇー」と言われ、それ以来、「巨匠!」と呼ばれるようになってしまった。



自分の中でも、忘れられない数々のエピソードがあるが、これも大変印象的な出来事である。



そんな大失敗を乗り越えたから、いまの自分があるんだよね!



だからいま思えば、大失敗なんかじゃなく、それはそれで避けては通れぬ道だったよね。




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